団体交渉申入れの受領拒否を受けて救済申立てを行い、3か月の交渉後に退職が実現した事例
| 実行日 | 25年2月 |
|---|---|
| 組合員 | I さん |
| 年齢 | 20代 |
| 地域 | 愛知県 |
| 職種 | 工場勤務 |
| 雇用形態 | パート |
| トラブル種別 | 退職拒否、未払い |
事案の概要
1.相談に至るまでの経緯
Iさんは、愛知県内の工場で、無期雇用のパート従業員として勤務していました。
職場では、気温が30度を超えなければエアコンを使用できないという運用が行われていました。Iさんは、このような環境で勤務を続ける中、過酷な労働条件が原因でうつ病を発症したと訴えていました。
治療のため会社へ退職を申し出るとともに、医師が作成したうつ病の診断書も提出しました。しかし、会社は退職の申し出に応じず、提出された診断書についても受け入れないという対応を取りました。
さらに、Iさんには支払われていない賃金がありましたが、会社はその支払いにも応じていませんでした。
「診断書を提出しても退職できないのではないか」「未払いとなっている賃金も支払ってもらえないのではないか」と不安を抱えたIさんは、自分だけで会社への対応を続けることが難しくなり、当組合へ相談しました。
2.本件の法的な問題点
(1)無期雇用では、会社が承認しなければ退職できないとは限りません
Iさんは、雇用期間の定めがない無期雇用のパート従業員でした。
民法第627条第1項では、期間の定めのない雇用契約について、労働者はいつでも解約を申し入れることができ、原則として申入れから2週間が経過すると雇用契約が終了すると定められています。
そのため、会社が退職の申し出に応じないからといって、労働者が無期限に勤務を続けなければならないわけではありません。ただし、具体的な退職日は、退職意思を通知した日や労使間の合意内容などを踏まえて確認する必要があります。
(2)高温となる作業環境は、安全配慮との関係で問題となる可能性があります
使用者には、労働者が生命や身体の安全を確保しながら働けるよう、必要な配慮をすることが求められています。
また、労働安全衛生法では、高温などによる健康障害を防止するための措置や、作業場の換気、保温、休養などに必要な措置を講じることが事業者に求められています。
本件では、気温が30度を超えなければエアコンを使用できないという職場の運用がありました。
この運用が直ちに法令違反となるかどうかは、実際の室温、湿度、作業内容、作業時間、休憩、水分補給その他の具体的な状況を踏まえて判断する必要があります。一方、労働者の健康に影響を及ぼす可能性がある職場環境については、安全配慮の観点から問題となる場合があります。
(3)未払い賃金については、対象期間や金額を確認する必要があります
労働基準法第24条では、賃金を労働者本人へ直接、その全額を支払うことが原則とされています。
本件では、Iさんから、支払われていない賃金があり、会社がその支払いに応じていないとの申告がありました。
(4)正当な理由のない団体交渉拒否は、労働組合法上の問題となります
労働組合が、組合員の退職や未払い賃金などの労働関係上の問題について団体交渉を申し入れた場合、会社には、正当な理由なく団体交渉を拒まないことが求められます。
団体交渉申入書の受領を拒否したという事実だけで、直ちに不当労働行為が成立するわけではありません。しかし、会社が申入れの内容を把握しながら、正当な理由なく団体交渉に応じない場合には、労働組合法第7条第2号との関係で問題となる可能性があります。
労働組合法第7条第1号は組合加入や正当な組合活動を理由とする不利益取扱いを、同条第2号は正当な理由のない団体交渉拒否を対象とする規定です。本件で問題となった団体交渉への対応については、主として第2号との関係が問題となります。
3.労働組合による会社への対応
当組合は、労働組合法第6条に基づき、組合員のために会社へ通知および団体交渉の申入れを行いました。
実際に行った対応は、次のとおりです。
● Iさんの退職意思を会社へ伝え、退職に向けた対応を求めること
● Iさんに支払われていない賃金について、会社へ支払いを求めること
● 会社が内容証明郵便の受領を拒否したことを受け、当組合を申立人として大阪府労働委員会へ不当労働行為救済申立てを行うこと
● 大阪府労働委員会による調査開始後、会社側の顧問弁護士との団体交渉を継続すること
救済申立て後、大阪府労働委員会から、当組合を申立人、会社を被申立人とする「不当労働行為救済申立事件調査開始通知書」が交付されました。
通知書には、労働委員会規則第41条の2第1項に基づき、事件の調査を開始する旨が記載されていました。同項は、労働委員会が調査を開始するときに、その旨を当事者へ通知し、申立人と被申立人に主張や証拠の提出を求める手続を定めています。
この調査開始通知は、救済申立事件の調査手続が開始されたことを示すものです。この時点で、会社の対応が不当労働行為であると認定されたわけではありません。
調査開始後、会社側は顧問弁護士を窓口として団体交渉に応じました。当組合は、Iさんの退職および未払い賃金について、解決に向けて3か月間にわたり交渉を継続しました。
4.結果および成果
大阪府労働委員会による調査開始後、会社側は顧問弁護士を通じて団体交渉に応じました。
その後、当組合と会社側は3か月間にわたり交渉を続け、最終的にIさんの退職が実現しました。
一方、未払い賃金については、支払いを受けるには至りませんでした。
Iさん本人から「退職できただけでも感謝している」との申し出があり、未払い賃金についてこれ以上の請求を続けない意向が示されました。
また、Iさんから、不当労働行為救済申立てについても取り下げてほしいとの申し出がありました。その意向を受け、申立人である当組合が救済申立てを取り下げ、事件は取下げにより終結しました。
労働委員会規則第34条では、申立人は命令書の写しが交付されるまで、申立ての全部または一部を取り下げることができると定められています。申立てが取り下げられた場合、取り下げられた部分は、初めから労働委員会に係属しなかったものとみなされます。
したがって、本件では救済命令や棄却命令は出されておらず、大阪府労働委員会によって会社の対応が不当労働行為に該当すると認定されたという結果ではありません。
本件で確認できた成果は、会社が団体交渉に応じ、3か月間の交渉を経てIさんの退職が実現したことです。未払い賃金については回収に至っていないため、すべての要求が実現した事例ではありません。
5.組合としての総括
体調を崩して退職を申し出たにもかかわらず、会社から退職に応じないと言われると、「会社が認めるまで辞められないのではないか」と不安になる方は少なくありません。
しかし、雇用期間の定めがない労働契約では、原則として、退職は会社の承認を受けなければ成立しないものではありません。会社が退職の申し出に応じない場合でも、退職意思を明確に通知し、具体的な退職日やそれまでの勤務の取扱いについて整理することが重要です。
本件では、会社が当初、内容証明郵便による団体交渉申入れの受領を拒否しました。そのため、当組合は大阪府労働委員会へ不当労働行為救済申立てを行い、労働委員会規則第41条の2第1項に基づく調査開始通知を受けました。
調査開始後、会社側の顧問弁護士との団体交渉が行われ、3か月の交渉を経てIさんの退職が実現しました。一方、未払い賃金については、Iさんの意向により請求を継続せず、救済申立事件についても取下げにより終結しています。
当組合は今後も、退職、未払い賃金、職場環境および団体交渉への対応等の雇用関係上の問題について、使用者に処分可能な事項の範囲内で、労働組合法に基づく団体交渉を通じて組合員の権利を守ってまいります。
6.本件で問題となり得た主な法令・参考判例
労働基準法
労働基準法第24条・賃金支払いの原則
賃金は、原則として、労働者本人へ直接、その全額を、毎月1回以上の一定期日に支払う必要があります。本件では、Iさんが申告した未払い賃金との関係で問題となり得ます。
民法
民法第627条・期間の定めのない雇用契約の解約
雇用期間の定めがない場合、労働者はいつでも解約を申し入れることができ、原則として申入れから2週間が経過することで雇用契約が終了します。
その他の労働関係法令
労働契約法第5条・労働者の安全への配慮
使用者は、労働者が生命や身体などの安全を確保しながら働けるよう、必要な配慮をするものとされています。本件では、工場内の温度管理や職場環境との関係で問題となる可能性があります。
労働安全衛生法第22条・第23条
事業者には、高温などによる健康障害を防止するための措置や、作業場の換気、保温、休養その他の必要な措置を講じることが求められています。
労働組合法
労働組合法第6条・労働組合の交渉権限
労働組合の代表者は、組合員の労働条件その他の待遇について、使用者と交渉する権限を有します。
労働組合法第7条第2号・正当な理由のない団体交渉拒否
使用者が、雇用する労働者の代表者との団体交渉を正当な理由なく拒むことは禁止されています。本件では、団体交渉申入れに対する会社の対応との関係で問題となり得ました。
労働委員会規則
労働委員会規則第34条・救済申立ての取下げ
申立人は、命令書の写しが交付されるまで、申立ての全部または一部を取り下げることができます。本件では、Iさんの意向を受け、申立人である当組合が救済申立てを取り下げました。
労働委員会規則第41条の2第1項・調査開始時の通知
労働委員会が調査を開始するときは、当事者へその旨を通知し、申立人と被申立人に主張や証拠の提出を求めます。本件では、同項に基づく調査開始通知書が大阪府労働委員会から交付されました。
参考判例・公表事例
中央労働委員会「よくあるご質問・審査について」
- 公表機関 中央労働委員会
- 本件との関係 労働組合法第7条各号の内容、不当労働行為救済申立ての審査手続および申立ての取下げについて説明されています。
- 公式資料 よくあるご質問|中央労働委員会
大阪府労働委員会「不当労働行為救済申立書の作成にあたって」
- 公表機関 大阪府労働委員会
- 本件との関係 組合員であることを理由とする不利益取扱いは労働組合法第7条第1号、正当な理由のない団体交渉拒否は同条第2号の問題となることが説明されています。
- 公式資料 不当労働行為審査事件関係書類作成にあたって|大阪府
※本事例は、個人および会社を特定できないよう、一部を匿名化・一般化しています。
※記載した法令は、会社の具体的な対応によって問題となり得る法令であり、本件において法令違反が確定したことを意味するものではありません。
※法的評価は、雇用契約の内容、会社の対応、証拠その他の個別事情によって異なります。

