「非弁行為」を理由に団体交渉を拒む姿勢を示した会社と協議し、本人への直接連絡なく退職に至った事例
- 2026.02.09
- 2026.02.11
| 実行日 | 2026年2月 |
|---|---|
| 組合員 | Nさん |
| 年齢 | 20代 |
| 地域 | 京都府 |
| 職種 | 医療事務 |
| 雇用形態 | 正社員 |
| トラブル種別 | 団体交渉拒否・退職妨害 |
1.相談に至るまでの経緯
Nさんは医療事務の正社員として勤務していましたが、職場で度重なるパワーハラスメントを受けたと訴えていました。
Nさんは会社へ退職の意思を伝えたものの、会社と直接やり取りを続けることによる精神的な負担が大きく、自分だけで退職手続を進めることが難しい状態でした。
「これ以上、会社と直接話したくない」
そのような事情から、Nさんは当組合を通じて退職手続を進めたいとして相談しました。
当組合は、Nさんの退職意思を会社へ通知するとともに、退職に必要な手続について団体交渉を申し入れました。
しかし、会社側は「労働組合が代理で退職交渉を行うことは非弁行為に当たる」と主張し、当組合との団体交渉に応じない姿勢を示しました。
2.本件の法的な問題点
(1)労働組合には、組合員のために団体交渉を行う権限があります
労働組合は、組合員の労働条件や雇用関係上の問題について、使用者と団体交渉を行うことができます。
労働組合法第6条は、労働組合の代表者などに対し、組合員のために使用者と交渉する権限を認めています。退職日、最終出勤日、給与の精算、退職書類、貸与物の返却方法などは、雇用関係に直接関係する交渉事項です。
労働組合は、一般の民事事件における代理人として活動するのではなく、組合員の利益を代表する団体交渉の当事者として会社と交渉します。当組合も、大阪府労働委員会による労働組合法上の資格審査を受け、証明書の交付を受けています。
(2)労働組合の団体交渉を一律に「非弁行為」とすることは適切ではありません
弁護士法第72条は、弁護士ではない者が報酬を得る目的で、法律事件に関する一定の法律事務を業として取り扱うことなどを制限しています。
一方、労働組合には、労働組合法第6条に基づく団体交渉権があります。そのため、組合員の労働条件や雇用終了に関する団体交渉を、弁護士資格がないことだけを理由として直ちに非弁行為と扱うことは適切ではありません。
公表された労働委員会命令でも、労働組合は組合員の利益を代表して団体交渉の当事者として活動できるとされ、「弁護士資格のない者による交渉はすべて非弁行為に当たる」と受け取られかねない不正確な説明によって交渉を妨げた会社の対応が問題とされています。
(3)正当な理由のない団体交渉拒否は、不当労働行為に該当する可能性があります
労働組合法第7条第2号は、使用者が正当な理由なく、雇用する労働者の代表者との団体交渉を拒むことを禁止しています。
退職手続、給与の精算、退職書類、貸与物の返却など、使用者が処分できる雇用関係上の事項について団体交渉が申し入れられた場合、会社には誠実に対応することが求められます。
実際に不当労働行為に該当するかは、交渉事項や拒否理由、労使間のやり取りなどを踏まえて個別に判断されます。ただし、「労働組合による交渉は非弁行為である」という主張だけを理由として交渉を拒否した場合、同号との関係で問題となる可能性があります。
(4)パワーハラスメントの該当性は、具体的な言動を踏まえて判断されます
Nさんは、度重なるパワーハラスメントを受けたと申告していました。
職場におけるパワーハラスメントに該当するかは、優越的な関係を背景とした言動であるか、業務上必要かつ相当な範囲を超えているか、就業環境が害されたかなどを踏まえて判断する必要があります。
事業主には、職場におけるパワーハラスメントを防止するため、相談体制の整備などの雇用管理上必要な措置を講じることが求められています。
3.労働組合による会社への対応
当組合は、労働組合法第6条に基づき、組合員のために会社へ通知および団体交渉の申入れを行いました。
Nさんの意向と精神的な負担を踏まえ、会社に対して次の事項を申し入れました。
- 当組合との団体交渉に応じ、退職に必要な手続を進めること
- Nさん本人への直接連絡を停止し、今後の労働関係上の連絡窓口を当組合へ一本化すること
- 最終給与を精算し、退職に伴う必要書類を交付すること
- 会社からの貸与物について、当組合を窓口として返却方法を調整すること
あわせて、労働組合が組合員の雇用関係上の問題について団体交渉を行う法的根拠と、一般の民間事業者による退職代行との違いを会社へ説明しました。
4.結果および成果
会社は、当組合による説明と法的な整理を受け、最終的にNさん本人へ直接連絡しないことを了承しました。
その後、Nさんが会社と直接連絡を取ることはなく、会社から出社を求められることもありませんでした。
Nさんは、会社との直接対応を避けながら退職手続を進め、退職に至りました。これにより、会社とのやり取りによる精神的な負担を抑えながら、退職手続を進めることができました。
なお、最終給与、退職書類、貸与物返却の最終的な処理も問題なく完了しました。
5.組合としての総括
会社から「労働組合による退職交渉は非弁行為である」と言われると、労働者は「組合に頼んでも退職できないのではないか」「自分で会社と話さなければならないのではないか」と不安を感じることがあります。
本件当時は、民間の退職代行サービス運営者が弁護士法違反の疑いで逮捕されたとの報道もあり、民間事業者と労働組合による対応の違いが十分に理解されない場面が生じやすい状況にありました。もっとも、報道された個別事件と、労働組合が労働組合法に基づいて行う団体交渉とは、法的根拠を分けて考える必要があります。
労働組合は、裁判や一般民事事件の示談を代理するものではありません。一方で、退職日、給与、退職書類、貸与物の返却など、組合員と使用者との雇用関係に関する事項については、団体交渉の当事者として会社へ申入れや交渉を行うことができます。
本件では、会社の「非弁行為に当たる」との主張に対し、労働組合法上の団体交渉権と弁護士法上の規制を区別して説明したことが重要でした。その結果、Nさん本人への直接連絡を避け、出社を求められることなく退職手続を進めることができました。
当組合は今後も、退職手続、連絡方法、給与の精算、退職書類および貸与物の返却等の雇用関係上の問題について、使用者に処分可能な事項の範囲内で、労働組合法に基づく団体交渉を通じて組合員の権利を守ってまいります。
6.本件で問題となり得た主な法令・参考判例
労働基準法
第22条(退職時等の証明)
労働者が退職に関する証明書を請求した場合、使用者は遅滞なくこれを交付しなければなりません。本件で申し入れた「退職に伴う必要書類」に退職証明書が含まれる場合に関係します。
第23条(金品の返還)
労働者の退職後、本人から請求があった場合、使用者は原則として7日以内に賃金その他の金品を支払い、または返還しなければなりません。本件では、最終給与の精算を会社へ申し入れています。
その他の労働関係法令
労働施策総合推進法第30条の2
事業主に対し、職場におけるパワーハラスメントを防止するため、相談体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じることを求めています。
本件ではNさんからパワーハラスメントの申告がありましたが、同条に関する違反の有無には至っておりません。
参考:労働施策総合推進法|e-Gov法令検索
参考:職場におけるハラスメントの防止のために|厚生労働省
弁護士法第72条
弁護士ではない者が、報酬を得る目的で法律事件に関する一定の法律事務を業として取り扱うことなどを制限する規定です。
ただし、労働組合が組合員の労働条件や雇用関係上の問題について団体交渉を行う場合は、労働組合法第6条に基づく組合活動としての性質を踏まえて判断する必要があります。
労働組合法
第6条(団体交渉権)
労働組合の代表者などが、労働組合または組合員のために使用者と交渉し、労働協約を締結する権限を有することを定めています。本件における退職手続、連絡窓口、給与、退職書類および貸与物に関する申入れの基本的な根拠です。
第7条第2号(団体交渉拒否)
使用者が、正当な理由なく団体交渉を拒むことを禁止しています。本件では会社が「非弁行為に当たる」と主張して団体交渉に応じない姿勢を示したため、会社の具体的な拒否理由や対応内容によっては同号との関係で問題となる可能性がありました。
参考判例・公表事例
大阪府労委平成30年(不)第54号不当労働行為審査事件
- 判断機関 大阪府労働委員会
- 命令日 令和2年3月13日
- 本件との関係 会社側が労働組合の交渉権限を否定し、非弁行為に関して正確性を欠く説明を行ったことなどが、団体交渉を妨げる不誠実な対応として、労働組合法第7条第2号に該当すると判断された公表事例です。
- 公式資料 労働委員会命令データベース|中央労働委員会・厚生労働省
※本事例は、個人および会社を特定できないよう、一部を匿名化・一般化しています。
※記載した法令は、会社の具体的な対応によって問題となり得る法令であり、本件において法令違反が確定したことを意味するものではありません。
※法的評価は、雇用契約の内容、会社の対応、証拠その他の個別事情によって異なります。

