労働組合との協議を拒否した会社に法的根拠を示し、退職日を確定した事例
- 2025.08.20
- 2025.08.20
| 実行日 | 2025年8月 |
|---|---|
| 組合員 | Hさん |
| 年齢 | 30代 |
| 地域 | 東京都 |
| 職種 | 販売職 |
| 雇用形態 | 正社員 |
| トラブル種別 | 団体交渉拒否 |
1.相談に至るまでの経緯
Hさんは、会社を退職する意思を明確にしており、当組合を通じて会社へ退職意思を通知するとともに、退職日や必要な手続について協議を申し入れました。
しかし、会社は当組合に対し、「労働組合だから対応する必要はない」「本人と直接話す」などと主張し、当組合との協議を事実上拒否する姿勢を示しました。
その後も、会社から退職に関する回答はなく、退職日が確定しない状態が続きました。
「このまま退職手続が進まないのではないか」
Hさんは強い不安を感じ、当組合にさらなる対応を求めました。
2.本件の法的な問題点
(1)無期雇用の労働者は、原則として退職を申し入れることができます
Hさんは、雇用期間の定めのない正社員でした。
民法第627条第1項では、雇用期間を定めていない場合、当事者はいつでも解約の申入れができ、原則として申入れから2週間が経過すると雇用が終了すると定められています。
そのため、無期雇用の労働者による退職の申入れは、会社の承諾がなければ一切効力が生じないものではありません。ただし、実際の退職日は、通知の到達日、就業規則、労使間の協議内容などを踏まえて確認する必要があります。
(2)労働組合には、組合員のために会社と交渉する権限があります
労働組合法第6条は、労働組合の代表者または労働組合から委任を受けた者が、労働組合や組合員のために、使用者と交渉する権限を有することを定めています。
退職日、退職手続、退職に伴う労働条件上の清算などは、会社が対応できる範囲において、団体交渉の対象となり得る事項です。
会社が本人との直接協議を希望すること自体から、直ちに法令上の問題が確定するわけではありません。しかし、それを理由に労働組合との交渉を一切拒否できるとは限りません。
(3)正当な理由のない団体交渉拒否は問題となる可能性があります
労働組合法第7条第2号は、使用者が、雇用する労働者の代表者との団体交渉を正当な理由なく拒否することを禁止しています。
本件では、会社が「労働組合だから対応する必要はない」と述べた後、退職に関する回答を行わず、当組合との協議に応じない状態が続きました。
具体的な対応経緯や拒否理由によりますが、このような対応は、同号との関係で問題となる可能性があります。実際に不当労働行為に該当するかどうかは、労働委員会などの公的機関が個別の事情に基づいて判断します。
(4)労働組合による団体交渉と弁護士法第72条の関係
弁護士法第72条は、弁護士等ではない者が、報酬を得る目的で、一般の法律事件に関する法律事務を業として取り扱うことなどを原則として禁止しています。
一方、労働組合が、組合員のために、その使用者との間で労働条件や退職手続について団体交渉を行うことは、労働組合法に基づく組合活動として位置付けられます。
愛知県労働委員会の公表事例では、労働組合が組合員のために雇用主と団体交渉を行い、和解を成立させることも労働組合に求められる正当な業務であり、その事案における具体的な交渉は弁護士法第72条の法律事務には当たらないと判断されています。
もっとも、労働組合が対応できるのは、組合員と使用者との労働関係に関する事項です。雇用関係と無関係な一般民事事件や、裁判手続の代理まで行えるものではありません。
3.労働組合による会社への対応
当組合は、労働組合法第6条に基づき、組合員のために会社へ通知および団体交渉の申入れを行いました。
実際に行った対応は、次のとおりです。
- 当組合が労働組合法第2条および第5条の要件を満たす旨を会社へ通知すること
- 労働組合法第6条に基づき、組合員のために労働条件等について交渉する権限を有することを説明すること
- Hさんから提出された委任状を添付し、当組合が交渉窓口となることを明示すること
- 労働組合による団体交渉と弁護士法第72条との関係について、原文記載の判例等を示して当組合の見解を説明すること
- 正当な理由なく団体交渉を拒否した場合、労働組合法第7条第2号との関係で問題となる可能性があることを伝えること
- Hさんの退職意思を改めて通知し、速やかに退職日を確定するよう求めること
- 退職に関する会社の見解を記載した回答書の送付を求めること
- 協議拒否が続く場合には、労働委員会への不当労働行為救済申立てを検討する旨を通知すること
当組合は、会社を一方的に非難するのではなく、労働組合が交渉を行う法的根拠と、会社へ求める対応内容を具体的に示しました。
4.結果および成果
当組合からの申入れを受け、会社は当初の対応を改めました。
会社からは、次の対応がありました。
- 当組合の交渉権限を認め、当組合との協議に応じる姿勢が示された
- 退職に関する回答書が送付された
- Hさんの退職日が正式に確定した
- 退職に必要な手続を円滑に進めることについて合意した
これにより、回答がないまま退職日も決まらないという状態は解消されました。
Hさんは、確定した内容に沿って退職手続を完了することができました。
5.組合としての総括
退職意思を会社へ伝えているにもかかわらず、「労働組合とは話さない」「本人としか話さない」などと言われると、労働者は退職できないのではないかと不安を感じやすくなります。
しかし、無期雇用契約では、労働者による退職の申入れは、原則として会社の承諾を成立要件とするものではありません。また、労働組合は、労働組合法第6条に基づき、組合員のために会社と交渉することができます。
本件で重要だったのは、会社の拒否に対して感情的に反論するのではなく、当組合の交渉権限、交渉を求める事項、回答を求める期限および団体交渉拒否が問題となる可能性を整理して伝えたことです。
その結果、会社との協議が開始され、回答書の送付と退職日の確定につながりました。
当組合は今後も、退職日や退職手続、会社による団体交渉拒否等の雇用関係上の問題について、使用者に処分可能な事項の範囲内で、労働組合法に基づく団体交渉を通じて組合員の権利を守ってまいります。
6.本件で問題となり得た主な法令・参考判例
民法
民法第627条第1項
雇用期間の定めがない場合、各当事者はいつでも解約を申し入れることができ、原則として申入れから2週間が経過すると雇用が終了すると定めています。
本件では、Hさんが無期雇用の正社員であったことから、退職の基本的な法的根拠として関係します。
その他の関係法令
弁護士法第72条
弁護士等でない者が、報酬を得る目的で、一般の法律事件に関する法律事務を業として取り扱うことなどを原則として禁止しています。
ただし、労働組合が労働組合法に基づき、組合員と使用者との労働関係上の問題について団体交渉を行う場合には、その活動の目的、内容および実態を踏まえて判断されます。
労働組合法
労働組合法第6条
労働組合の代表者または労働組合から委任を受けた者が、労働組合や組合員のために、使用者と交渉する権限を有することを定めています。
労働組合法第7条第2号
使用者が、雇用する労働者の代表者との団体交渉を正当な理由なく拒否することを、不当労働行為として禁止しています。
本件で実際に不当労働行為が認定されたわけではありませんが、会社の協議拒否が続いた場合に問題となり得た規定です。
参考判例・公表事例
愛知県労委令和5年(不)第3号不当労働行為審査事件
- 判断機関・命令日 愛知県労働委員会・2024年10月15日
- 本件との関係 退職手続についての説明や協議が団体交渉事項となること、正当な理由のない団体交渉拒否が労働組合法第7条第2号に該当し得ることが示された公表事例です。また、労働組合による具体的な団体交渉と弁護士法第72条との関係についても判断されています。
- 公式資料 中央労働委員会・労働委員会命令データベース
※本事例は、個人および会社を特定できないよう、一部を匿名化・一般化しています。
※記載した法令は、会社の具体的な対応によって問題となり得る法令であり、本件において法令違反が確定したことを意味するものではありません。
※法的評価は、雇用契約の内容、会社の対応、証拠その他の個別事情によって異なります。

