使用者による自己都合退職の強要に対し、自由書式での退職届提出を実現した事例
- 2025.08.05
- 2025.08.05
実行日 | 2025年8月 |
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組合員 | Kさん |
年齢 | 40代 |
地域 | 福岡市 |
職種 | 事務職 |
雇用形態 | 正社員 |
トラブル種別 | 自己都合退職の強要 |
Kさんは精神的な不調により就労継続が困難となり、退職の意向を会社に伝えていた。しかし、会社から送付された退職届には予め「一身上の都合により退職いたします」との文言が印字されており、併せて提出を求められた誓約書には「自己都合退職とすることに同意する」旨が明記されていた。
このまま署名・提出すれば、雇用保険法上の失業給付において「自己都合退職」として扱われ、給付制限期間が設けられるなど、Kさんにとって著しく不利な取扱いを受ける可能性があった。Kさんは体調不良を理由とする退職であるにもかかわらず、会社が一方的に用意した書式への署名を強要されることに疑問を感じ、当組合へ相談を寄せられた。
2. 問題点の法的整理
当組合は本件について、以下の法的問題点を確認した。
(1)退職理由の事実と書式の不一致
Kさんの退職理由は精神的な不調による就労継続困難であり、雇用保険法上は「特定理由離職者」(正当な理由のある自己都合退職)に該当する可能性が高い。にもかかわらず、会社が用意した書式では単なる「一身上の都合」との記載にとどまり、事実に即していない。
(2)退職届の書式を一方的に指定することの問題性
退職届は労働者の意思表示を記録するものであり、その内容および形式については労働者自身が決定する権利を有する。使用者が一方的に書式を指定し、特定の文言への署名を強要することは、労働者の自由意思を制約する不当な行為である。
(3)誓約書による「自己都合退職」の強要
誓約書に「自己都合退職とすることに同意する」旨を記載させることは、実質的に労働者の失業給付上の権利を放棄させる行為であり、労働者保護の観点から看過できない。
3. 組合の対応
当組合は、組合員であるKさんの権利擁護および適正な退職手続きの実現を目的として、以下の対応を行った。
(1)医学的根拠の提示
Kさんが医療機関を受診し取得した診断書を会社に提出し、精神的な不調により就労継続が困難である事実を客観的に示した。
(2)退職理由の正確な記載を求める申入れ
書面にて以下の事項を申し入れた。
・退職届の文言を「体調不良のため」など、事実に即した内容に修正すること
・または、組合員が退職理由を自由に記載できる白紙の書式を提供すること
・「自己都合退職とすることに同意する」旨の誓約書への署名を求めないこと
(3)雇用保険法上の取扱いに関する説明
雇用保険法において、体調不良等やむを得ない理由による退職は「特定理由離職者」として扱われ、給付制限なく失業給付を受けられる場合があることを指摘し、組合員が不当に不利益を被らないよう求めた。
4. 結果および成果
当組合の申入れを受け、会社は以下の対応を行った。
・予め文言が印字された退職届の提出を撤回
・組合員が退職理由を自由に記載できる白紙の書式での提出を認める
・ 「自己都合退職とすることに同意する」旨の誓約書への署名要求を撤回
これにより、Kさんは「体調不良のため退職する」旨を自ら記載した退職届を提出し、事実に基づいた適正な退職手続きを完了することができた。また、離職票の記載内容についても、雇用保険法上の取扱いにおいて不利益を被ることのないよう、会社側に適切な対応を求めることができた。
5. 組合としての総括
本事案は、使用者が一方的に用意した書式や誓約書によって、労働者に不利な条件を押し付けようとする典型的な事例である。
退職届は労働者の意思表示であり、その内容および形式について使用者が一方的に指定・強要することは許されない。また、退職理由が雇用保険法上の給付に直結する重要な事項であるにもかかわらず、事実と異なる記載を強いることは、労働者の社会保障上の権利を侵害する行為である。
当組合は、このような不当な取扱いに対し、法的根拠に基づいた交渉を通じて組合員の権利を守ることができた。今後も、労働者が不利益を被ることのないよう、使用者との粘り強い交渉および権利擁護活動を継続していく。