退職代行ローキ(労働基準調査組合)

引継ぎ不足を理由に懲戒解雇を通告された組合員について、会社が通告を取り下げ、自己都合退職として手続を進めた事例

  • 2025.05.26
  • 2025.05.26
実行日 2025年5月
組合員 Tさん
年齢 30代
地域 東京都
職種 デザイナー
雇用形態 正社員
トラブル種別 引継ぎ不足による懲戒解雇

1.相談に至るまでの経緯

Tさんは、社長、事務担当者、Tさんの3名で業務を行う職場に、デザイナーとして勤務していました。

Tさんが退職を希望したため、当組合が会社へ電話をかけ、Tさんの退職意思を伝えました。これに対して会社は、「膨大な引継ぎが残っている」と主張し、Tさんに出社するよう求めました。

しかし、Tさんは精神的な体調不良により、出勤することが困難な状態でした。Tさんは、その後、医師から適応障害と診断されています。

Tさんが出勤は困難であると説明したところ、会社は「引継ぎが不十分である」として、Tさんに懲戒解雇を通告しました。

一方で、Tさんは何も引継ぎを行っていなかったわけではなく、体調が悪い中でも引継ぎ書を作成していました。退職手続だけでなく、懲戒解雇という重大な処分が問題となったため、当組合が会社との交渉に対応することになりました。

2.本件の法的な問題点

(1)引継ぎ不足だけで直ちに懲戒解雇が有効になるわけではありません

懲戒解雇の有効性は、単に会社が「引継ぎが不十分だった」と判断しただけで決まるものではありません。

労働契約法第15条では、懲戒処分が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には、権利の濫用として無効になると定められています。

判断に当たっては、引継ぎがどの程度行われていたのか、業務にどのような影響が生じたのか、労働者の行為や対応の内容、健康状態など、個別の事情を総合的に確認する必要があります。

本件では、Tさんが精神的な体調不良を抱えながらも、引継ぎ書を作成していたという事情がありました。

(2)懲戒処分と解雇の有効性は、それぞれ慎重に判断されます

懲戒解雇は、労働者に対する懲戒処分であると同時に、会社から労働契約を終了させる解雇でもあります。

そのため、懲戒処分として労働契約法第15条の要件を満たすかだけでなく、解雇として同法第16条の要件を満たすかも問題となります。

労働契約法第16条では、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇は、権利の濫用として無効になると定められています。引継ぎをめぐる問題があったとしても、その事実だけで最も重い処分である懲戒解雇が当然に認められるわけではありません。

(3)無期雇用の労働者には退職を申し入れることが認められています

Tさんは、雇用期間の定めがない正社員でした。

民法第627条第1項では、期間の定めのない雇用について、当事者はいつでも解約の申入れができ、原則として申入れから2週間を経過することで雇用が終了すると定められています。

具体的な退職日は、退職を申し入れた時期や会社との合意などによって判断されますが、引継ぎに関する問題と、労働者の退職意思とは分けて整理する必要があります。

3.労働組合による会社への対応

当組合は、労働組合法第6条に基づき、組合員のために会社へ通知および団体交渉の申入れを行いました。労働組合法第6条は、労働組合の代表者等が、組合員の労働関係について使用者と交渉する権限を有することを定めています。

本件では、次の対応を行いました。
 

  1. Tさんの退職意思を電話で会社へ正式に通知すること
  2. 会社から示された「膨大な引継ぎが残っている」との主張を確認すること
  3. Tさんが精神的な体調不良により出勤困難であることや、引継ぎ書を作成していた事情を踏まえて協議すること
  4. 引継ぎ不足を理由として通告された懲戒解雇について、会社に撤回を求めること
  5. 懲戒解雇の取扱いと退職手続について団体交渉を行うこと
     

懲戒解雇の有効性について一方的に断定するのではなく、Tさんの体調、実際の引継ぎ状況、会社が問題としている内容を踏まえ、処分の撤回を求めました。

4.結果および成果

団体交渉の結果、会社はTさんに対する懲戒解雇の通告を取り下げました。

その後、Tさんには自己都合退職として離職票が交付されました。

これにより、当初会社から通告されていた懲戒解雇の取扱いは維持されず、自己都合退職として退職手続が進められたことを確認しました。

本件では、引継ぎに関する会社の主張があったものの、Tさんが体調不良の中で引継ぎ書を作成していた事情も踏まえ、懲戒解雇の取扱いについて労使間で交渉したことが重要な点となりました。

5.組合としての総括

退職を申し出た際に、「引継ぎが終わるまで退職できないのではないか」「出社できなければ懲戒解雇になるのではないか」と不安を感じる方は少なくありません。

もちろん、会社が必要な引継ぎを求めること自体が、直ちに問題となるわけではありません。しかし、引継ぎが十分でなかったという理由だけで、懲戒解雇の有効性が自動的に認められるものでもありません。

懲戒解雇については、就業規則上の根拠だけでなく、労働者の行為の内容や程度、会社の業務に与えた影響、健康状態、引継ぎの実施状況などを踏まえ、処分が客観的に合理的で、社会通念上相当といえるかを個別に検討する必要があります。

本件では、Tさんが精神的な体調不良により出勤が困難であったことに加え、引継ぎ書を作成していた事情を踏まえ、労働組合が懲戒解雇の撤回を求めて団体交渉を行いました。その結果、会社は通告を取り下げ、自己都合退職として離職票を交付しました。

当組合は今後も、退職、懲戒処分、解雇および引継ぎ等の雇用関係上の問題について、使用者に処分可能な事項の範囲内で、労働組合法に基づく団体交渉を通じて組合員の権利を守ってまいります。

6.本件で問題となり得た主な法令・参考判例

労働基準法

第20条(解雇の予告)

使用者が労働者を解雇する場合、原則として30日前までに予告するか、30日分以上の平均賃金を支払う必要があります。労働者の責に帰すべき事由を理由に予告や手当を行わない場合には、所轄労働基準監督署長による解雇予告除外認定が問題となります。

参考リンク:労働基準法|e-Gov法令検索

民法

第627条(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)

期間の定めのない雇用では、労働者はいつでも退職を申し入れることができ、原則として申入れから2週間を経過することで雇用が終了します。本件では、Tさんが無期雇用の正社員であったため、同条が関係します。

参考リンク:民法|e-Gov法令検索

その他の労働関係法令

労働契約法第15条(懲戒)

懲戒処分が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には、権利の濫用として無効となります。引継ぎの状況、行為の内容、健康状態その他の事情を踏まえて判断する必要があります。

労働契約法第16条(解雇)

解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には、権利の濫用として無効となります。懲戒解雇は懲戒処分であると同時に解雇でもあるため、第15条と第16条の双方が問題となり得ます。

参考リンク:労働契約法|e-Gov法令検索

労働組合法

第6条(交渉権限)

労働組合の代表者等は、組合員の労働関係について、使用者または使用者団体と交渉する権限を有します。本件では、この規定に基づき、退職意思の通知および懲戒解雇の撤回に関する団体交渉を行いました。

参考リンク:労働組合法|e-Gov法令検索

参考判例・公表事例

厚生労働省「労働契約の終了」

厚生労働省は、懲戒処分および解雇について、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要であることを案内しています。本件における懲戒解雇の取扱いを検討する際の参考となる公表資料です。

参考リンク:労働契約の終了|厚生労働省・労働契約ポータルサイト

※本事例は、個人および会社を特定できないよう、一部を匿名化・一般化しています。
※記載した法令は、会社の具体的な対応によって問題となり得る法令であり、本件において法令違反が確定したことを意味するものではありません。
※法的評価は、雇用契約の内容、会社の対応、証拠その他の個別事情によって異なります。

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