「業務放棄」を理由に損害賠償と提訴を予告された事案で、通知から2週間で退職が確定した事例
- 2025.09.01
- 2025.09.01
| 実行日 | 2025年8月 |
|---|---|
| 組合員 | Bさん |
| 年齢 | 30代 |
| 地域 | 京都府 |
| 職種 | 飲食店(会計・メニュー作成など) |
| 雇用形態 | パート |
| トラブル種別 | 引継ぎを理由とする損害賠償・提訴の予告、最後の給与の未払い |
1.相談に至るまでの経緯
組合員のBさんは、飲食店でパートとして働き、メニューの入力や作成、売上データの取りまとめなどを担当していました。
体調を崩して退職の意思を伝え、休んでいたところ、経営者から書面が届きました。書面には、1日以内の連絡と引継ぎを求め、応じなければ損害賠償の請求を含む法的措置を取ると書かれていました。
Bさんは必要なログイン情報をすでに伝えていましたが、書面を読んで動悸や震えが止まらなくなり、自分で会社とやり取りするのは難しいと考えて、その日のうちに当組合へ相談しました。
会社が主張した内容は、次のとおりです。
1.会計やシステムの重要な業務を一方的に放棄し、店の運営に支障が出ている
2.組合が送った書面には本人の署名も押印もなく、組合を窓口として認めない
3.引継ぎの情報をすぐに出さなければ、損害の責任を追及する
4.組合経由で伝えたパスワードの扱いが違法であり、提訴する
2.本件の法的な問題点
(1)引継ぎが終わっていなくても、退職の申入れから2週間で雇用は終了する
Bさんは、雇用期間の定めのないパートとして勤務していました。
民法第627条第1項では、雇用期間を定めていない場合、当事者はいつでも解約を申し入れることができ、原則として申入れから2週間が経過すると雇用が終了すると定められています。正社員に限らず、パートやアルバイトでも同様です。
引継ぎへの協力は退職日まで誠実に行うことが望ましい一方で、引継ぎの完了は退職の条件ではありません。当組合は、引継ぎへの協力と退職の手続を分けて進めることにしました。
(2)会社が損害賠償を求めるには、会社の側が根拠を示す必要がある
一般に、会社が損害賠償を求めるには、労働者に責任があること、実際に損害が生じたこと、その損害が労働者の行為によって生じたことを、会社の側が示す必要があります。
また、会社が「提訴する」と書いた書面を送っただけでは、裁判が始まるわけではありません。裁判は、裁判所に訴状が出され、裁判所から訴状が届いて初めて始まります。
本件では、損害賠償の主張と提訴の予告への対応には法律上の判断が必要となるため、当組合ではなく弁護士が対応しました。
(3)会社が損害を主張していても、働いた分の賃金は全額支払うのが原則である
労働基準法第24条第1項は、賃金を全額支払うことを原則としています。退職した労働者が請求した場合、会社は7日以内に賃金を支払わなければなりません(労働基準法第23条第1項)。
支払日を過ぎても賃金が支払われない場合は、労働基準監督署に申告することができます(労働基準法第104条第1項)。
3.労働組合による会社への対応
当組合は、労働組合法第6条に基づき、組合員のために会社へ通知および団体交渉の申入れを行いました。
会社に対して、実際に次の事項を通知し、申し入れました。
1.Bさんの退職の意思
2.Bさんが当組合に会社とのやり取りを任せたこと
3.今後の連絡の窓口を当組合とすること
4.引継ぎには当組合を通じて書面で応じること
会社は同じ日に、Bさん本人が署名・押印した書面と、データの保存先やシステムの設定、パスワードなどの引継ぎ情報を求めてきました。Bさんは自分で署名した書面と引継ぎの内容を書き、当組合はそれをその日のうちに会社へ届けました。
その後も会社から損害賠償を求める書面が届いたため、この点は弁護士が書面で対応しました。弁護士は会社に対し、本人の承諾を得て労働組合が引継ぎの内容を伝えたことに問題はないこと、退職の申入れから2週間が経過した日をもって退職が確定したことを伝えました。
会社はその後も「提訴予告」と題した書面を送ってきましたが、弁護士の見解は、その書面だけで法的な効力が生じるものではなく、応じる必要はないというものでした。
4.結果および成果
当組合が窓口となり、損害賠償の主張には弁護士が書面で対応した結果、次のとおりとなりました。
1.Bさんの退職は、申入れから2週間で確定した
2.引継ぎの情報は、当組合を通じて書面で会社に届けられた
3.最後のご連絡の時点まで、会社が実際に訴えを起こすことはなかった
4.Bさんは、会社の人と直接やり取りすることなく手続を終えた
一方、働いた分の最後の給与は支払日を過ぎても支払われなかったため、Bさんは当組合の案内にそって、労働基準監督署に相談しました。
なお、本件は当組合と会社の話し合いと、弁護士の書面での対応を経て退職が確定した事例であり、裁判所が損害賠償請求権の有無を判断したものではありません。
5.組合としての総括
「損害賠償」「提訴」という言葉は、辞めようとする人を強く追い詰めます。しかし、会社が書面で予告しただけでは、裁判が始まるわけでも、金銭を支払う義務が生じるわけでもありません。
本件で重要だったのは、Bさんが一人で返事をせず、引継ぎには記録が残る形で応じ、退職の手続を止めなかったことです。当組合は窓口として引継ぎの情報を届け、損害賠償の主張と提訴の予告には弁護士が対応しました。
その結果、Bさんは会社と直接やり取りすることなく、体調を立て直すことに専念できました。
当組合は今後も、雇用関係に関する退職日、退職手続、引継ぎの方法等について、使用者に処分可能な事項の範囲内で、労働組合法に基づく団体交渉を通じて組合員の権利を守ってまいります。法律上の判断が必要な請求については、弁護士が対応します。
6.本件で問題となり得た主な法令・参考判例
民法第627条第1項
期間の定めのない雇用契約では、当事者はいつでも解約を申し入れることができ、原則として申入れから2週間が経過することで契約が終了します。
本件では、Bさんが雇用期間の定めのないパートとして勤務していたため、引継ぎの完了を待たずに退職が確定する根拠として関係しました。
参考リンク:e-Gov法令検索「民法」
労働基準法第23条第1項・第24条第1項
退職した労働者が請求した場合、使用者は7日以内に賃金を支払わなければならず、賃金は全額を支払うことが原則とされています。
本件では、最後の給与が支払日を過ぎても支払われなかったため、働いた分の賃金の扱いについて関係しました。
参考リンク:e-Gov法令検索「労働基準法」
労働基準法第104条第1項
事業場に労働基準法違反の事実がある場合、労働者はその事実を労働基準監督署に申告することができます。
本件では、最後の給与の未払いについて、Bさんが労働基準監督署に相談したことに関係しました。
参考リンク:e-Gov法令検索「労働基準法」
労働組合法第6条
労働組合の代表者または労働組合から委任を受けた者は、労働組合または組合員のために、使用者と交渉する権限を有します。
当組合は同条に基づき、Bさんの退職の意思と連絡の窓口、引継ぎの方法について、会社へ通知し、申入れを行いました。
参考リンク:e-Gov法令検索「労働組合法」
参考判例
茨城石炭商事事件
最高裁判所第一小法廷・昭和51年7月8日判決
業務中の事故で使用者が損害を被った場合でも、使用者が労働者に賠償を請求できるのは、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度に限られるとした判例です。会社が主張する損害を労働者がどこまで負担すべきかを検討する上で参考となります。
参考リンク:厚生労働省「仕事上のミスを理由とする損害賠償」
※本事例は、個人および会社を特定できないよう、一部を匿名化・一般化しています。
※記載した法令は、会社の具体的な対応によって問題となり得る法令であり、本件において法令違反が確定したことを意味するものではありません。
※法的評価は、雇用契約の内容、会社の対応、証拠その他の個別事情によって異なります。

