入社2日での退職に新車や駐車場の費用で損害を主張された事案で、金銭負担なく退職日を確定した事例
- 2026.08.01
- 2026.08.01
| 実行日 | 2026年7月 |
|---|---|
| 組合員 | Aさん |
| 年齢 | 30代 |
| 地域 | 大阪府 |
| 職種 | 運送業 |
| 雇用形態 | 正社員 |
| トラブル種別 | 入社直後の退職・準備費用の損害賠償の主張、給与不払いの示唆 |
1.相談に至るまでの経緯
組合員のAさんは、運送業の会社に正社員として入社しましたが、働き始めて間もなく退職を決めました。
入社からわずか2日での退職となるため、会社がどのような反応を示すか不安を抱えていたAさんは、会社と直接やり取りせずに退職手続を進めたいと考え、当組合へ相談しました。
当組合が会社へAさんの退職意思を通知したところ、会社は入社直後の退職に強い不満を示しました。
会社は、Aさんを採用するために新車を購入し、駐車場を新たに契約し、作業服や印鑑も準備していたとして、「多大な損害を受けた」と主張しました。さらに、Aさんが他社で働く場合には相応の対応を取ることをほのめかし、勤務した2日分の給与についても支払えないとの意向を示しました。
会社が主張した内容は、次のとおりです。
1.新車の購入費と駐車場の契約費により、多大な損害を受けた
2.作業服や印鑑なども準備していた
3.Aさんが他社で働く場合は、相応の対応を取る
4.勤務した2日分の給与は支払えない
2.本件の法的な問題点
(1)期間の定めのない雇用契約では、入社直後でも退職を申し入れることができる
Aさんは正社員であり、雇用期間の定めのない労働契約を締結していました。
民法第627条第1項では、雇用期間を定めていない場合、当事者はいつでも解約を申し入れることができ、原則として申入れから2週間が経過すると雇用が終了すると定められています。勤続期間の長さは要件とされていないため、入社直後であっても同様です。
また、会社が損害を主張していることは、それだけで退職の効力を妨げる理由にはなりません。当組合は、金銭の話し合いと退職手続を切り分けて進めることにしました。
(2)会社が業務のために準備した費用を、退職者が当然に負担するわけではない
新車の購入、駐車場の契約、作業服等の準備は、会社が業務に必要と判断して行ったものであり、基本的には会社の事業運営上の負担です。
労働基準法第16条は、労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をすることを禁止しています。
会社が実際に損害賠償を求めるには、労働者に賠償の責任があること、損害が実際に生じたこと、その損害が労働者の行為によって生じたことを具体的に示す必要があります。また、労働者の行為によって使用者が損害を被った場合でも、使用者が請求できる範囲は、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度に制限されるとした最高裁判所の判例があります。
そのため、短期間で退職したという事情だけで、会社が準備した費用のすべてが本人の賠償義務になるわけではありません。
(3)働いた分の賃金と、会社が主張する損害は区別する必要がある
労働基準法第24条第1項は、賃金を全額支払うことを原則としています。会社が損害を主張していることを理由に、すでに働いた分の賃金を一方的に支払わないことが当然に認められるわけではありません。
ただし、本件では、Aさんご本人が給与の請求を希望しなかったため、当組合はその意思を確認したうえで、損害の問題の解決と退職日の確定を優先しました。
3.労働組合による会社への対応
当組合は、労働組合法第6条に基づき、組合員のために会社へ通知および団体交渉の申入れを行いました。
会社に対して、実際に次の事項を通知し、団体交渉で求めました。
1.Aさんの退職意思を正式に通知すること
2.会社が挙げた費用について、何にいくらかかったのかを書面で示すこと
3.その費用をAさんが負担すべきとする根拠(本人との合意の有無など)を示すこと
4.金銭の話し合いを理由に退職の手続を止めず、退職日の確認は切り離して協議すること
当組合は、Aさんの意向を確認しながら、会社が挙げた費用の内訳と根拠を確かめる話し合いを重ねました。
4.結果および成果
団体交渉の結果、会社はAさんに費用を求めないこととなり、Aさんが金銭を負担することなく解決しました。
その後、次の対応がありました。
1.新車・駐車場・作業服などの費用について、Aさんが負担することなく解決した
2.会社から正式な回答書が送付された
3.当組合が回答書の内容をAさんに伝え、Aさんが退職の条件に同意した
4.Aさんの退職日が正式に確定した
これにより、Aさんは会社の担当者と直接やり取りすることなく、退職手続を進めることができました。
なお、本件は当組合と会社の団体交渉を経て解決した事例であり、裁判所が損害賠償請求権の有無を判断したものではありません。
5.組合としての総括
入社して間もなく退職する労働者に対し、会社が「採用に費用がかかった」「あなたのために設備や備品を準備した」と主張することがあります。
しかし、会社が費用を負担したという事実だけで、その費用のすべてを労働者が賠償しなければならないわけではありません。誰の判断で準備したものか、費用の負担について本人との合意があったか、実際にどのような損害が生じたのかを、一つずつ確認する必要があります。
本件で重要だったのは、会社の主張の中身と根拠を一つずつ確かめ、金銭の話し合いと退職手続を切り分けて団体交渉を進めたことです。
その結果、Aさんが金銭を負担することなく損害の問題が解決し、退職日の確定につながりました。
当組合は今後も、雇用関係に関する退職日、退職手続、退職に伴う金銭の問題等について、使用者に処分可能な事項の範囲内で、労働組合法に基づく団体交渉を通じて組合員の権利を守ってまいります。
6.本件で問題となり得た主な法令・参考判例
民法第627条第1項
期間の定めのない雇用契約では、当事者はいつでも解約を申し入れることができ、原則として申入れから2週間が経過することで契約が終了します。
本件では、Aさんが正社員として期間の定めのない雇用契約で勤務していたため、入社直後の退職の基本的な法的根拠として関係しました。
参考リンク:e-Gov法令検索「民法」
労働基準法第16条
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をしてはならないと定めています。
本件では、短期間での退職を理由に会社が準備費用を損害として主張したため、退職に伴う金銭負担を考える上で関係しました。
参考リンク:e-Gov法令検索「労働基準法」
労働基準法第24条第1項
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならないと定めています。
本件では、会社が勤務した2日分の給与を支払えないとの意向を示したため、働いた分の賃金の扱いについて関係しました。
参考リンク:e-Gov法令検索「労働基準法」
労働組合法第6条
労働組合の代表者または労働組合から委任を受けた者は、労働組合または組合員のために、使用者と交渉する権限を有します。
当組合は同条に基づき、Aさんの退職日および会社が主張する損害の扱いについて、会社へ通知し、団体交渉を行いました。
参考リンク:e-Gov法令検索「労働組合法」
参考判例
茨城石炭商事事件
最高裁判所第一小法廷・昭和51年7月8日判決
業務中の事故で使用者が損害を被った場合でも、使用者が労働者に賠償を請求できるのは、事業の性格や規模、労働者の業務内容、損失の分散についての使用者の配慮の程度などの事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度に限られるとした判例です。会社が主張する損害を労働者がどこまで負担すべきかを検討する上で参考となります。
参考リンク:厚生労働省「仕事上のミスを理由とする損害賠償」
※本事例は、個人および会社を特定できないよう、一部を匿名化・一般化しています。
※記載した法令は、会社の具体的な対応によって問題となり得る法令であり、本件において法令違反が確定したことを意味するものではありません。
※法的評価は、雇用契約の内容、会社の対応、証拠その他の個別事情によって異なります。

