退職時に「競業避止2年」の誓約書の提出を求められた事案で、誓約書を出さずに退職手続が完了した事例
- 2025.02.01
- 2025.02.01
| 実行日 | 2025年1月 |
|---|---|
| 組合員 | Cさん |
| 年齢 | 40代 |
| 地域 | 東京都 |
| 職種 | 店舗の契約・管理業務 |
| 雇用形態 | 正社員 |
| トラブル種別 | 競業避止の誓約書の提出要求、退職願の書式の指定 |
1.相談に至るまでの経緯
組合員のCさんは、正社員として約10年勤務し、店舗の賃貸契約や取引先とのやり取りを担当していました。
会社の資金繰りが苦しくなり、取引先からの支払いの督促に一人で対応する日が続くうちに、動悸やめまい、吐き気が止まらなくなりました。このままでは心が壊れてしまうと考えたCさんは、退職を決めて当組合へ相談しました。
当組合は、相談の翌日に会社へ電話し、退職の通知書と、Cさんが当組合に会社とのやり取りを任せたことを示す書面を送りました。会社はその日のうちに回答書を返し、月末の退職を受け入れました。
ところが、回答書には会社指定の「退職願」の書式と、「機密保持・競業避止に関する誓約書」が添えられており、次の事項が求められていました。
1.会社指定の「退職願」の書式で、退職の書面を出すこと
2.退職後2年間の競業避止義務を含む誓約書に署名して出すこと
3.誓約書は、会社の控えと本人の控えの両方を出すこと
4.退職後は、会社の従業員と直接連絡を取らないこと
2.本件の法的な問題点
(1)誓約書は合意であり、署名しなければ成立しない
退職時に会社から出される誓約書は、会社と労働者との合意(契約)です。民法第522条第1項では、契約は申込みに対して相手方が承諾したときに成立すると定められています。
会社が書面を用意しても、労働者が署名しなければ合意は成立せず、署名する法律上の義務もありません。また、雇用期間の定めがなければ、退職は申入れから2週間で成立します(民法第627条第1項)。誓約書の提出は、退職の条件ではありません。
(2)退職後の競業避止の約束は、内容によっては無効となる
日本国憲法第22条第1項は職業選択の自由を保障しており、退職後の働き方を制限する約束は、行き過ぎれば公序良俗に反して無効となります(民法第90条)。
経済産業省の資料では、競業避止の約束が有効かどうかは、会社に守るべき利益があるか、労働者の地位や職種、地域の限定、期間、禁止する仕事の範囲、代償措置の有無などを総合して判断されていると整理されています。
(3)誓約書を出さなくても、営業秘密を守る義務はある
会社が秘密として管理している、事業に有用で公然と知られていない情報は、不正競争防止法上の「営業秘密」として保護されます(不正競争防止法第2条第6項)。
誓約書を出さないことと、会社の情報を自由に使ってよいことは別の問題です。退職時には、会社の資料やデータを持ち出さず、すべて返しておくことが大切です。
3.労働組合による会社への対応
当組合は、労働組合法第6条に基づき、組合員のために会社へ通知および団体交渉の申入れを行いました。
会社に対して、実際に次の事項を通知し、申し入れました。
1.Cさんの退職の意思と退職日
2.Cさんの希望にもとづき、通知した日から退職日まで有給休暇を使いたいこと
3.Cさんがまとめた引継ぎの内容を、当組合を通じて書面で届けること
4.会社からの問い合わせには、当組合がCさんに確認したうえで回答すること
誓約書を出すかどうかは、Cさんご本人が決めることです。当組合は、退職時の誓約書についての一般的な情報をお伝えし、判断はCさんにお任せしました。また、会社指定の書式の題名が「退職願」であったため、当組合は、ふだんから組合員にお伝えしている手順どおり、題名を「退職届」と書き直す書き方をご案内しました。
会社は、通知の2日後に回答書を差し替え、Cさんが出していた休暇届をもとに、通知の前に休んだ日も含めて7日分を有給休暇として扱いました。退職日は変わらず、Cさんはそのまま受け入れました。
退職から10日ほどたつと、会社は退職願と誓約書、保険証が届かないと連絡してきました。Cさんは「競業避止の条項だけ線で消して出してもよいか」と考え、当組合がCさんの問い合わせとして会社に伝えました。会社の回答は、会社として条項を削ることはできないが、本人が消して出すことは構わない、というものでした。当組合はこの回答をそのままCさんにお伝えし、Cさんは、署名の義務がない誓約書は出さないと決めました。
4.結果および成果
Cさんが退職届と保険証を返すと、会社はそれが届いた日に退職後の書類を発送しました。結果は次のとおりです。
1.退職は、通知から3日後の月末で確定した
2.誓約書は、Cさんご本人の判断で提出せずに手続を終えた
3.通知の前に休んだ日も含め、7日分が有給休暇として扱われた
4.雇用保険被保険者証、資格喪失証明書、源泉徴収票、給与明細、離職票が届き、最後の月の残業代も振り込まれた
5.立て替えていた交通費は、当組合が会社に支払いの予定を問い合わせたその日のうちに振り込まれた
一方で、Cさんが以前から個人で立て替えていた多額の経費の返還は、法律上の判断が必要な金銭の請求であり、労働組合が扱える範囲を超えます。当組合は、証拠をまとめて弁護士に相談するよう案内しました。
また、会社から社外秘の情報の扱いについて指摘がありましたが、具体的な根拠は示されず、Cさんは関わりを否定しました。この点は退職の手続とは別の問題であるため、必要があればCさんご本人から会社に説明していただくよう案内しました。
なお、本件は当組合と会社の話し合いを経て退職の手続が完了した事例であり、誓約書の有効性や情報の扱いについて裁判所が判断したものではありません。
5.組合としての総括
退職の場面で出される誓約書は、「出さないと辞められない」かのように扱われることがあります。しかし、退職は誓約書がなくても成立します。
本件で重要だったのは、誓約書を出すかどうかをCさんご本人が自分で考えて決め、そのうえで退職届と保険証を返すという本来の手続を済ませたことです。その結果、退職後の書類と給与の受取りまで進みました。
当組合は今後も、雇用関係に関する退職日、退職手続、有給休暇、退職後の書類の交付等について、使用者に処分可能な事項の範囲内で、労働組合法に基づく団体交渉を通じて組合員の権利を守ってまいります。
6.本件で問題となり得た主な法令・参考判例
民法第522条第1項
契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示に対して、相手方が承諾をしたときに成立します。
本件では、会社が用意した誓約書に署名するかどうかを、Cさんご本人が決められることに関係しました。
参考リンク:e-Gov法令検索「民法」
民法第627条第1項
期間の定めのない雇用契約では、当事者はいつでも解約を申し入れることができ、原則として申入れから2週間が経過することで契約が終了します。
本件では、誓約書の提出が退職の条件ではないことに関係しました。
参考リンク:e-Gov法令検索「民法」
日本国憲法第22条第1項・民法第90条
日本国憲法は職業選択の自由を保障しており、公の秩序または善良の風俗に反する法律行為は無効とされます。
本件では、退職後2年間の競業避止を求める条項の有効性を考える上で関係しました。
参考リンク:e-Gov法令検索「日本国憲法」
不正競争防止法第2条
秘密として管理され、事業に有用で、公然と知られていない情報は「営業秘密」として保護され、その不正な使用や開示は禁止されています。
本件では、誓約書を出さない場合でも、会社の情報を守る必要があることに関係しました。
参考リンク:e-Gov法令検索「不正競争防止法」
労働組合法第6条
労働組合の代表者または労働組合から委任を受けた者は、労働組合または組合員のために、使用者と交渉する権限を有します。
当組合は同条に基づき、Cさんの退職日、有給休暇の扱い、引継ぎの方法について、会社へ通知し、申入れを行いました。
参考リンク:e-Gov法令検索「労働組合法」
参考資料
経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」参考資料5「競業避止義務契約の有効性について」
競業避止の約束の有効性について、裁判例をもとに、守るべき利益、地位・職種、地域の限定、期間、禁止する仕事の範囲、代償措置などの判断のポイントを整理した資料です。退職時の競業避止の誓約書を検討する上で参考となります。
参考リンク:経済産業省「競業避止義務契約の有効性について」
※本事例は、個人および会社を特定できないよう、一部を匿名化・一般化しています。
※記載した法令は、会社の具体的な対応によって問題となり得る法令であり、本件において法令違反が確定したことを意味するものではありません。
※法的評価は、雇用契約の内容、会社の対応、証拠その他の個別事情によって異なります。

