4名同時の退職に伴い損害賠償を示唆されたものの、会社が請求を断念し有給休暇を消化して退職した事例
- 2025.04.21
- 2025.04.21
| 実行日 | 2025年4月 |
|---|---|
| 組合員 | Kさん、Uさん、Tさん、Sさん |
| 年齢 | 30代 |
| 地域 | 愛知県 |
| 職種 | 設計・営業など |
| 雇用形態 | 正社員 |
| トラブル種別 | 4人同時退職による損害賠償請求 |
1.相談に至るまでの経緯
Kさん、Uさん、Tさん、Sさんの4名は、社員数の少ない企業に正社員として勤務していました。
4名が同時に退職を希望し、当組合から会社へ退職意思を通知したところ、社長は感情を強くあらわにし、次のように発言しました。
「4人も同時に辞められたら会社が潰れてしまう。多額の損害賠償を請求するので覚悟しておいてください」
4名全員が10日以上の年次有給休暇を保有していましたが、会社から多額の損害賠償を示唆されたため、予定どおり退職手続と有給休暇の取得を進められるかが問題となりました。
そこで当組合は、4名の雇用形態、退職の申入れ、有給休暇の残日数などを踏まえ、会社に対して退職手続と損害賠償請求に関する交渉を行いました。
2.本件の法的な問題点
(1)無期雇用の労働者には退職を申し入れる権利があります
本件の4名は、いずれも雇用期間の定めのない正社員でした。
民法第627条第1項では、期間の定めのない雇用契約について、労働者はいつでも解約を申し入れることができ、原則として申入れから2週間が経過することで雇用契約が終了すると定められています。
具体的な退職時期については、退職を申し入れた日、賃金の定め方、会社との合意内容などを確認する必要があります。しかし、複数の労働者が同時期に退職するという事情だけで、適法な退職の申入れが当然に認められなくなるわけではありません。
(2)退職予定者も在職中は年次有給休暇を取得できます
年次有給休暇は、原則として労働者が指定した時季に与えなければなりません。
使用者は、指定された時季に休暇を与えることが「事業の正常な運営を妨げる」場合には、別の時季へ変更する時季変更権を行使できることがあります。ただし、退職予定者について、退職日より後の日へ取得時季を変更することはできないとされています。
本件では、4名全員が10日以上の年次有給休暇を保有していたため、退職日までの在籍期間における有給休暇の取得について、会社と調整する必要がありました。
(3)同時退職だけで損害賠償責任が確定するものではありません
複数の従業員が同時に退職し、会社の業務や経営に影響が生じたとしても、その事実だけで直ちに各労働者の損害賠償責任が確定するものではありません。
会社が雇用契約上の債務不履行を理由として損害賠償を求める場合には、具体的な義務違反の有無、現実に発生した損害、その範囲、義務違反と損害との因果関係などを個別に検討する必要があります。
そのため、「4名が同時に辞めることで会社に影響が生じる」という事情と、「4名が法的な損害賠償責任を負うか」という問題は、分けて判断しなければなりません。
3.労働組合による会社への対応
当組合は、労働組合法第6条に基づき、組合員のために会社へ通知および団体交渉の申入れを行いました。
本件で実際に行った対応は、次のとおりです。
- Kさん、Uさん、Tさん、Sさんの4名が退職を希望していることを会社へ正式に通知しました。
- 4名全員が10日以上の年次有給休暇を保有していることを踏まえ、退職までの有給休暇取得について説明しました。
- 4名が無期雇用の正社員であり、退職手続が法令に沿って進められていることを会社へ説明しました。
- 複数名が同時に退職するという事情だけで、直ちに損害賠償責任が発生するものではないことを伝えました。
- 会社が損害賠償請求を維持する場合には、請求の根拠、具体的な義務違反、損害の内容、金額および4名の退職との因果関係を説明するよう求め、請求方針の再検討を申し入れました。
- 4名の有給休暇の取得と退職手続を進めるよう会社と交渉しました。
労働組合法第6条は、労働組合の代表者などが、組合員の労働条件その他の事項について使用者と交渉する権限を有することを定めています。
4.結果および成果
当組合が、4名の退職手続、有給休暇の取得および会社が示唆した金銭請求について協議を重ねた結果、会社は4名に対して損害賠償請求を行わない方針を回答しました。
その後、Kさん、Uさん、Tさん、Sさんの4名全員が、保有していた年次有給休暇を円滑に消化しました。
最終的には、会社から損害賠償を請求されることなく、4名全員の退職手続が完了しています。
本件では、会社の経営上の事情と、各労働者の退職に関する権利や損害賠償責任を切り分けて交渉したことにより、会社が請求方針を見直し、有給休暇の取得と退職手続を進める結果となりました。
5.組合としての総括
社員数の少ない会社で複数の従業員が同じ時期に退職すると、「会社が回らなくなる」「損害賠償を請求する」などと言われることがあります。そのような言葉を受ければ、退職を希望する労働者が強い不安を感じることも少なくありません。
しかし、会社の人員不足や業務上の負担と、労働者に法的な損害賠償責任が発生するかどうかは別の問題です。特に無期雇用の場合、適法に行われた退職の申入れについて、同時に退職する人数が多いという理由だけで損害賠償責任が当然に発生するものではありません。
本件では、4名全員の雇用形態、有給休暇の残日数、退職手続の内容を確認したうえで、損害賠償請求の根拠を慎重に検討するよう会社へ求めました。会社の経営上の不安を否定するのではなく、労働者の退職と法的責任の問題を整理して交渉したことが重要な点です。
複数名が関係する退職問題では、各労働者が個別に会社と対応すると、心理的な負担が大きくなり、説明内容にもばらつきが生じることがあります。労働組合が交渉窓口となり、共通する労働条件上の問題を整理して伝えることには大きな意義があります。
当組合は今後も、複数名の退職、年次有給休暇の取得、退職に伴う損害負担の主張など、雇用関係に関する問題について、使用者に処分可能な事項の範囲内で、労働組合法に基づく団体交渉を通じて組合員の権利を守ってまいります。
当組合は、4名の法的な損害賠償責任の有無を確定したものではなく、訴訟、示談、和解その他の法律事務を代理したものでもありません。
会社が組合員の退職に関連して金銭請求を示唆していたため、使用者に処分可能な雇用関係上の事項として、その根拠の説明と請求方針の再検討を団体交渉で求めました。
6.本件で問題となり得た主な法令・参考判例
労働基準法
第39条(年次有給休暇)
労働者が一定の要件を満たした場合に、年次有給休暇を取得できることを定めています。休暇は原則として労働者が指定した時季に与えられますが、事業の正常な運営を妨げる場合には、会社が時季変更権を行使できることがあります。
民法
第627条(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
期間の定めのない雇用契約について、当事者はいつでも解約を申し入れることができ、原則として申入れから2週間が経過することで契約が終了すると定めています。
第415条・第416条(債務不履行による損害賠償とその範囲)
契約上の義務が履行されなかった場合における損害賠償請求と、賠償の対象となる損害の範囲を定めています。会社から損害賠償を求められた場合でも、具体的な義務違反、損害の発生、因果関係などを個別に確認する必要があります。
労働組合法
第6条(交渉権限)
労働組合の代表者などが、組合員の労働条件その他の事項について使用者と交渉し、労働協約を締結する権限を有することを定めています。
参考判例・公表事例
白石営林署事件
最高裁判所第一小法廷・1973年3月2日判決
年次有給休暇は、原則として労働者による時季指定によって取得でき、使用者の承認を成立要件とするものではないことなどが示された判例です。本件における退職前の有給休暇取得を考えるうえで参考となります。
沖縄労働局「退職予定者には年休を与えなくてもよいか」
退職予定者であっても、在職中は年次有給休暇を取得でき、退職日より後の日へ取得時季を変更することはできないと説明している公表事例です。
※本事例は、個人および会社を特定できないよう、一部を匿名化・一般化しています。
※記載した法令は、会社の具体的な対応によって問題となり得る法令であり、本件において法令違反が確定したことを意味するものではありません。
※法的評価は、雇用契約の内容、会社の対応、証拠その他の個別事情によって異なります。

