急な退職による損害を理由に給与が保留されたケースで、会社が主張を取り下げ全額を即日支払った事例
- 2024.11.08
- 2024.11.08
| 実行日 | 2024年11月 |
|---|---|
| 組合員 | Yさん |
| 年齢 | 20代 |
| 地域 | 岡山県 |
| 職種 | サービス業 |
| 雇用形態 | 正社員 |
| トラブル種別 | 給与未払い |
1.相談に至るまでの経緯
Yさんは会社を退職した後も、支払われるべき給与が未払いのままとなっていました。
会社からは、給与を支払わない理由について、次のように説明されていました。
「急な退職で損害を受けたため、支払を保留している」
しかし、会社が退職による損害の発生を主張していることと、すでに発生している賃金を支払うことは、原則として別の問題です。
Yさんは、会社が損害を理由として給与の支払を保留している状況について、当組合へ相談しました。
2.本件の法的な問題点
(1)賃金は原則として全額を支払う必要がある
労働基準法第24条は、使用者に対し、賃金を労働者本人へ直接、その全額を支払うことを原則として求めています。
会社が労働者に対して何らかの損害が発生したと主張している場合でも、その主張だけを理由として、すでに発生した賃金の支払を一方的に保留できるとは限りません。
賃金の全部または一部を支払わない対応は、労働基準法第24条との関係で問題となる可能性があります。
(2)会社が主張する損害と賃金の支払は分けて考える必要がある
会社が労働者に対して損害賠償請求権を有するかどうかは、実際に損害が発生したのか、その原因や金額は何か、労働者にどのような責任があるのかといった個別事情を踏まえて判断されます。
会社が損害を主張しただけで、直ちに労働者の賠償責任が確定するものではありません。
また、使用者が労働者の同意なく、損害に相当するとする金額を賃金から一方的に差し引くことは、賃金全額払いの原則との関係で問題となる可能性があります。大阪地方裁判所の公表資料でも、使用者は原則として、労働者の同意なく賃金を相殺できないことが説明されています。
(3)未払い賃金は労働組合による団体交渉の対象となる
労働組合法第6条は、労働組合の代表者などが、組合員のために使用者と交渉する権限を有することを定めています。
未払い賃金の支払や、会社が支払を保留している理由の確認は、組合員と会社との雇用関係上の清算に関する事項です。そのため、労働組合による団体交渉の対象となります。
3.労働組合による会社への対応
当組合は、労働組合法第6条に基づき、組合員のために会社へ通知および団体交渉の申入れを行いました。
実際に会社へ伝えた内容は、次のとおりです。
● 労働基準法第24条に定められた賃金支払の原則を通知すること
● 退職後も支払われていない給与の全額支払を求めること
● 会社が主張する損害の問題と、賃金の支払義務は分けて取り扱う必要があると伝えること
● 損害の発生を理由として給与の支払を保留し続けることは、労働基準法第24条との関係で問題となる可能性があると指摘すること
● 未払いが継続する場合には、労働基準監督署への申告を行う可能性があると伝えること
当組合は、会社が主張する損害の有無や責任を組合員に代わって認めることはせず、未払いとなっている賃金の支払について交渉しました。
4.結果および成果
当組合からの通知および申入れを受け、会社は「急な退職によって損害を受けたため、給与の支払を保留する」との主張を取り下げました。
その後、未払いとなっていた給与は、全額が即日振込によって支払われました。
これにより、会社が損害を理由として保留していた給与について、未払い賃金の全額支払を確認することができました。
5.組合としての総括
退職後に会社から「急な退職で損害が出た」「給与から差し引く」「損害の問題が解決するまで給与を支払わない」と言われると、労働者は本当に給与を受け取れないのではないかと不安を感じやすくなります。
しかし、会社が損害の発生を主張していることと、すでに発生した賃金を支払うことは、原則として分けて考える必要があります。会社の主張だけで労働者の損害賠償責任が確定するものではなく、賃金を一方的に保留できるとも限りません。
本件では、会社の損害に関する主張そのものを組合員に代わって処理するのではなく、雇用関係上の清算問題である未払い賃金に交渉対象を明確に絞ったことが重要でした。
そのうえで、労働基準法第24条の賃金支払の原則を伝え、損害の問題と賃金の支払を切り分けるよう求めた結果、会社は主張を取り下げ、未払い給与の全額を即日支払いました。
当組合は今後も、未払い賃金、給与控除および退職後の雇用関係上の清算等の問題について、使用者に処分可能な事項の範囲内で、労働組合法に基づく団体交渉を通じて組合員の権利を守ってまいります。
6.本件で問題となり得た主な法令・参考判例
労働基準法
第24条(賃金の支払)
賃金は、原則として労働者本人へ直接、その全額を支払わなければなりません。会社が労働者に対する損害を主張している場合でも、一方的に賃金を差し引いたり、支払を保留したりする対応は、同条との関係で問題となる可能性があります。
参考リンク:e-Gov法令検索「労働基準法」
労働組合法
第6条(交渉権限)
労働組合の代表者などが、組合員のために使用者と交渉する権限を有することを定めています。本件では、退職後の未払い賃金という雇用関係上の清算問題について、会社への通知および団体交渉の申入れを行う根拠となりました。
参考リンク:e-Gov法令検索「労働組合法」
参考判例・公表事例
大阪地方裁判所「賃金に関する事件」
大阪地方裁判所が、労働基準法第24条の賃金全額払いの原則と、使用者が労働者の同意なく賃金を相殺することに関する基本的な考え方を公表しています。
本件において、会社が主張する損害と未払い賃金を分けて検討する必要性に関係する公表資料です。
参考リンク:大阪地方裁判所「賃金に関する事件」
※本事例は、個人および会社を特定できないよう、一部を匿名化・一般化しています。
※記載した法令は、会社の具体的な対応によって問題となり得る法令であり、本件において法令違反が確定したことを意味するものではありません。
※法的評価は、雇用契約の内容、会社の対応、証拠その他の個別事情によって異なります。

