- 能力不足を理由にした解雇でも無効と判断された裁判例がある
- 退職合意書へのその場での署名は避けるのが鉄則
- 「辞めてほしい」の記録を残せば失業保険でも有利に働く

「改善できないと解雇」って言われた…クビなの?



退職合意書にサインを迫られたらどうする?
ある日の面談で、「このままでは雇用を続けられない。改善に取り組んでほしい」と告げられる。目標と期限を書いた計画書を渡され、サインを求められる。それ以来、面談の予定が入るたびに、開く前のカレンダーの通知で手が止まる。
この「改善計画」の仕組みは、業務改善プログラム(PIP)と呼ばれ、外資系やIT企業を中心に広がっています。名前は聞き慣れなくても、実際には「達成できなければ辞めてもらう」という通告として使われる場面が少なくありません。
2026年8月には、グーグル日本法人の元エンジニアが、このPIPの後の解雇は無効だとして提訴したことが報じられました。この記事では報道の内容を整理したうえで、能力不足を理由にした解雇が無効になる条件、改善計画を言い渡されたときにやってはいけないこと、争う場合と辞める場合それぞれの進め方を、労働組合の立場から解説します。
※この記事は2026年8月時点の情報をもとに作成しています。本件訴訟は係争中であり、記載は報道時点の当事者の主張です。
グーグル日本法人の元社員がPIP後の解雇無効を提訴|2026年8月25日報道
2026年8月25日の弁護士ドットコムニュースの報道によると、グーグル合同会社で11年半働いた30代の女性エンジニアが、PIP後の解雇は無効だとして、労働契約上の地位確認と月122万5,000円の賃金、親会社株式に相当する損害金を求めて8月24日付で東京地裁に提訴しました。
| 時期 | 出来事(訴状による原告の主張) |
|---|---|
| 2014年8月 | 正社員として入社。その後L3からL5へ昇格 |
| 2025年9月 | 5段階中上から3番目の「S」評価を受ける |
| 2025年10月 | PIPの対象に。従来と異なる業務と短い納期を課され、退職合意書への署名を迫られたと主張 |
| 2026年1月30日 | PIP終了。「不達成」と評価される |
| 2026年3月1日 | 解雇 |
出典:弁護士ドットコムニュース(2026年8月25日)をもとに作成
注目されているのは、解雇の1ヶ月前まで良好な評価を受けていた点です。原告は会見で「PIPは、従業員が成長するための純粋な機会であるべきであり、解雇に向けた既定路線であってはならない」と述べたと報じられています。会社側は解雇理由を就業規則の「就業状態、または意欲が著しく不良で業務に適しないと認められるとき」に該当するためと説明し、記事掲載時点でコメントしていません。



直前まで高評価だった人がPIPで解雇される。この構図が争点です。
PIPとは?「解雇の前段階」と言われるのはなぜ?
PIP(Performance Improvement Plan、業務改善プログラム)は、成績が振るわないとされた社員に目標と期限を設定し、改善を求める制度です。建前は育成の仕組みですが、実際には退職勧奨の道具として使われる場面が少なくありません。
建前は「改善の機会」、実態は「記録づくり」の場合がある
外資系企業やIT企業では、解雇の前に「改善の機会を与えた」という記録を残す目的でPIPが使われることがあります。達成が難しい目標や短すぎる期限が設定されていれば、それは改善させるためではなく、不達成の記録を作るための運用です。
PIPの通告と同じ時期に退職パッケージ(割増退職金)の提示や退職合意書への署名の打診があるなら、会社の狙いは改善ではなく退職だと考えて対応したほうが安全です。今回の報道でも、PIP中に退職合意書への署名を迫られたと原告は主張しています。
PIPはどう進む?通告から結末までの典型的な流れ
会社により細部は違いますが、PIPの進み方にはおおよその型があります。全体像を知っておくと、いま自分がどの段階にいるか、次に何が来るかを冷静に見られます。
- 上司や人事から面談を設定され、PIPの対象と告げられる
- 改善目標と期限(数週間から数ヶ月)が提示される
- 目標への同意書や計画書への署名を求められる
- 週1回程度のフィードバック面談が続く
- 期限到来で達成・不達成の最終評価が下される
- 不達成の場合、退職勧奨・配置転換・解雇のいずれかへ進む
重要なのは、3の署名と6の退職勧奨の場面です。ここでの対応次第で、後の選択肢が広くも狭くもなります。対応のしかたは後の章で具体的に説明します。
退職勧奨と解雇はどう違う?
ここで整理しておきたいのが、退職勧奨と解雇の違いです。両者は法律上まったく別のもので、あなたが持つ選択肢も変わります。
| 項目 | 退職勧奨 | 解雇 |
|---|---|---|
| 性質 | 「辞めませんか」というお願い | 会社からの一方的な契約解消 |
| 拒否 | 自由に拒否できる | 拒否はできないが無効を争える |
| 成立の条件 | 本人の同意(署名)があって初めて退職になる | 客観的に合理的な理由と社会的相当性が必要 |
| 失業保険 | 勧奨に応じた退職は会社都合と同等の扱い | 会社都合 |
この違いが意味するのは、あなたが署名しないかぎり、退職勧奨だけでは退職は成立しないということです。会社が解雇に踏み切るなら、今度は会社側が厳しい法的条件を満たす必要があります。



「辞めてほしい」と「辞めさせる」の間には、大きな法律の壁があります。
PIPを理由にした解雇は無効になる?
結論として、PIPを実施したという事実だけでは解雇は正当化されません。日本の法律では、解雇には客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要で、これを欠く解雇は無効です。外資系企業の日本法人にも、このルールはそのまま適用されます。
PIPを経た解雇を無効とした裁判例がある
参考になるのが、外資系通信社の記者が能力不足を理由に解雇された事件です。会社は3度にわたりPIPを実施したうえで解雇しましたが、東京高裁は解雇を無効と判断しました(ブルームバーグ・エル・ピー事件、東京高裁平成25年4月24日判決)。
この判決は、能力不足を理由とする解雇の有効性について、求められている職務能力の低下が契約の継続を期待できないほど重大か、会社が改善の機会を与えたのに改善されなかったか、今後の指導による改善可能性はないか、といった事情を総合して判断すべきだと示しました。PIPという手続きを踏んだこと自体は、解雇の免罪符にならないということです。
無効と判断されやすい事情
裁判例の考え方に照らすと、次のような事情があるPIP解雇は、無効と判断される方向に働きます。
- 直前の人事評価が良好だったのに、突然PIPの対象にされた
- 目標が達成困難な水準で、期限も不自然に短い
- 従来と異なる業務を課され、公平な改善の機会になっていない
- PIPと並行して退職合意書への署名を迫られた
- 配置転換など解雇を避ける手段を会社が検討していない
今回のグーグルの事案で原告が主張している内容は、この複数に重なります。だからこそ提訴に踏み切ったと見ることができます。裁判所がどう判断するかは、今後の審理を待つことになります。



PIPをやったかどうかではなく、中身が公平だったかが問われます。
PIPを通告されたときにやってはいけないこと・やるべきこと
PIPの通告を受けた直後の対応で、その後の選択肢の広さが決まります。やってはいけないことを先に押さえてください。
退職合意書・同意書にその場でサインしない
最も重要なのはこれです。退職合意書に署名すると、退職に同意したことになり、後から解雇の無効を争う道がほぼ閉ざされます。面談の場で「今日中に決めてほしい」と言われても、応じる義務はありません。「持ち帰って検討します」で通してください。
PIPの目標設定に対する同意書も同様です。内容に納得できないままサインすると、「本人も合意した目標だった」という証拠になります。異議があるなら、サインの前にメールで質問し、やり取りを残してください。
感情的に拒否せず、記録を残しながら受ける
一方で、PIPそのものを感情的に拒否するのも得策ではありません。業務命令としての側面があるため、正当な理由なく拒否し続けると、それ自体が処分の口実にされかねないからです。
受ける場合の武器は記録です。PIPの通知書・目標設定・面談の日時と発言・提出した成果・フィードバックのメールをすべて保存してください。目標が過大であること、直前まで評価が良好だったことを示す資料は、後で争う場合にも、退職条件の交渉でも効いてきます。
面談での受け答えの例
「内容を確認したいので、本日の面談内容と目標を書面(メール)でいただけますか」
「その場では判断できかねますので、持ち帰って検討させてください」
「これまでの評価との違いについて、理由を教えていただけますか」
(退職合意書を示されたら)「署名は今日はいたしません。検討します」
- 退職合意書・同意書には、その場で署名しない
- 通知・目標・面談記録・成果物・評価履歴を保存する
- 口頭のやり取りはメールで確認を取り、文字で残す
退職勧奨はどこから違法になる?
退職勧奨そのものは違法ではありません。しかし、拒否の意思を示した後も執拗に続く場合は、退職強要として違法性を帯びてきます。
目安になるのは、断ったのに面談が何度も繰り返される、長時間拘束される、大人数で取り囲む形で行われる、人格を否定する言葉を伴う、拒否した後に嫌がらせのような配置転換や業務外しが行われる、といった事情です。ここまで来ると、退職の合意が成立しても後から無効を主張できる場合があり、慰謝料請求の対象にもなり得ます。
「もう退職するつもりはありません」と一度はっきり伝え、その後のやり取りをすべて記録してください。断った日時と、それでも続いた面談の回数が、そのまま違法性の証拠になります。社外の相談先としては、無料で使える総合労働相談コーナーがあります。



サインを断ることと、業務を拒否すること。この2つを分けてください。
争う?辞める?PIP後の3つの選択肢
PIPの先には、大きく3つの道があります。どれが正解ということはなく、あなたが何を優先するかで決まります。
選択肢1|解雇の無効を争う
解雇されても、その効力を裁判や労働審判で争えます。今回のグーグルの事案がまさにこの道です。無効と認められれば、地位の確認と解雇後の賃金を求められます。ただし、解決までに時間がかかり、精神的な負担も小さくありません。この道を選ぶなら、労働問題を扱う弁護士への相談が必要です。
選択肢2|退職条件を交渉して辞める
会社の狙いが退職なら、条件の交渉余地があります。外資系では退職パッケージ(割増退職金)の上乗せ交渉が一般的で、良好な評価履歴や不自然なPIP運用の記録は、この交渉の材料になります。個人で交渉しにくければ、弁護士や、労働組合の団体交渉を通じて行う方法があります。
パッケージの水準は会社の方針や勤続年数、状況によって幅があり、決まった相場はありません。ただ、解雇が無効と判断されるリスクを会社側が抱えているほど、交渉の余地は広がります。最初の提示額で即答せず、回答期限を確認したうえで検討時間を取るのが基本です。
なお、提示に応じて退職する場合も、退職合意書の内容は署名前に必ず読み込んでください。守秘義務や競業避止、追加請求の放棄など、退職金以外の条項が含まれているのが通常です。
選択肢3|消耗する前に、自分の条件で辞める
争いにも交渉にも時間と気力を使います。すでに心身が削られているなら、戦わずに離れることも正当な選択です。その場合も、2つだけ守ってください。
1つは、自分から「一身上の都合」で退職届を出す前に立ち止まることです。退職勧奨を受けて辞める場合、離職票の離職理由が「退職勧奨」であれば、失業保険は会社都合と同等の扱い(特定受給資格者)になり、給付制限なしで受給できます。自己都合として処理されると、この扱いを失います。もう1つは、勧奨されている事実が残るメールや面談記録を確保しておくことです。ハローワークでの離職理由の判定で使えます。



争う・交渉する・離れる。どれを選んでも、記録があなたを守ります。
会社とやり取りせずに辞めたいときは
先にお伝えすると、解雇の無効を裁判で争う場合や、退職パッケージの本格的な増額交渉を進める場合は、労働組合ではなく労働問題に強い弁護士への依頼が適切です。当組合は訴訟の代理人にはなれません。
一方で、「もうこの会社と直接話したくない。消耗せずに離れたい」という場合は、労働組合が代わりに会社とやり取りできます。退職代行ローキは労働基準調査組合が運営しており、組合として団体交渉権を持つため、退職日や有給休暇の消化、離職票の離職理由の確認まで会社と交渉できます。PIPの面談に一人で向き合い続ける必要はなくなります。
- 退職の意思を組合から会社へ通知し、以後の連絡窓口になる
- 退職日・有給消化・未払い賃金について団体交渉権にもとづき交渉する
- 離職票など退職書類の送付を求め、届かない場合は督促する
料金は組合費19,800円(税込)のみで、追加料金は原則かかりません。※後払いを選ぶ場合の手数料と振込手数料は除きます。また、退職したことを理由に会社から損害賠償請求や懲戒解雇処分を受けた場合は、追加料金なしで弁護士が撤回交渉を行います。※故意による損害など、退職と無関係な請求は対象外です。
「PIPを言い渡された。この状況で辞められる?」も、LINEで状況をお聞かせいただければ無料でお答えします。



面談のたびに削られていくなら、窓口ごと組合に任せてください。
よくある質問(FAQ)
PIPを言い渡されたら、拒否できますか?
業務命令としての側面があるため、正当な理由のない拒否はおすすめできません。拒否そのものが処分の口実にされる場合があります。受けたうえで、目標や評価に異議があればメールで残し、退職合意書など退職に直結する書面への署名だけは保留してください。
PIPが不達成だったら、必ず解雇されますか?
必ずではありません。日本では解雇に客観的に合理的な理由と社会的相当性が必要で、PIPを実施したこと自体は解雇を正当化しません。3度のPIPを経た解雇を無効とした裁判例もあります。目標の妥当性や改善機会の実質が問われます。
退職合意書にサインしてしまいました。取り消せますか?
原則として困難です。合意による退職は成立してしまうためです。ただし、脅迫的な言動で署名を強要された場合など、例外的に取り消しを主張できる場合があります。事情によるため、早めに弁護士や公的相談窓口にご相談ください。
PIP中に自分から退職したら、失業保険はどうなりますか?
辞め方で変わります。退職勧奨を受けて退職した場合は、離職理由が「退職勧奨」なら会社都合と同等の扱い(特定受給資格者)となり、給付制限なしで受給できます。何も言わずに「一身上の都合」で退職届を出すと自己都合として扱われるおそれがあるため、勧奨の記録を残し、離職票の離職理由を確認してください。
外資系企業だから、解雇されても仕方ないのでしょうか?
いいえ。外資系企業でも、日本国内で雇用されている限り日本の労働法が適用されます。本国の基準で「PIP不達成なら解雇」という運用がされていても、日本では労働契約法16条の解雇権濫用法理が適用され、合理的な理由と相当性のない解雇は無効です。「外資だから」という説明をそのまま受け入れる必要はありません。
まとめ|PIPは「終わり」ではなく、選択肢を選ぶ場面
PIPの通告は解雇の前触れに見えますが、法律上は、ここからあなたが選べることがいくつも残っています。要点をまとめます。
- PIPの実施だけでは解雇は正当化されず、無効とされた裁判例がある
- 退職合意書へのその場での署名は避け、記録をすべて残す
- 道は「争う」「交渉する」「離れる」の3つ。どれも正当な選択
- 辞める場合も離職理由を「退職勧奨」にできれば失業保険で有利
選ぶ基準は、会社に勝てるかどうかよりも、この先の生活と健康をどれだけ守れるかです。争って取り戻せるものと、争っている間に失うものを並べて、あなたにとって損の少ない道を選んでください。
会社との面談ややり取りそのものが負担になっているなら、退職代行ローキが労働組合として連絡と交渉を引き受けます。相談は無料で、LINEなら24時間受け付けています。



一人で面談室に入る前に、まず状況だけでも聞かせてください。
「これって退職勧奨ですよね?」の確認だけでも、まずはLINEでお聞かせください。
退職代行ローキは労働組合として会社と直接交渉します。
料金は19,800円(税込)で、相談は無料です。
参考情報・出典
・弁護士ドットコムニュース「グーグルで11年半勤務の女性エンジニア、PIP後の解雇は無効と提訴」(2026年8月25日)
・e-Gov法令検索「労働契約法」(16条)
・e-Gov法令検索「労働組合法」(6条)
・ブルームバーグ・エル・ピー事件(東京高裁平成25年4月24日判決・労働判例1074号75頁)
・ハローワーク「特定受給資格者・特定理由離職者の範囲と判断基準」
・厚生労働省「総合労働相談コーナーのご案内」
執筆者


労働基準調査組合 執行委員長
谷本 祥子
私は飲食店勤務やメーカー代理店勤務など、さまざまな仕事を経験してきました。メーカー代理店では、商品販売の営業職として働いていました。現場では長時間労働や無理なノルマ強要が当たり前で、私も同僚たちも皆疲弊しきっていました。従業員たちが「辞めたい」と申し出ても、会社は「後任が見つかるまで待て」とか「引き継ぎが終わるまでダメだ」と拒み続け、退職を認めませんでした。中には精神的に追い詰められて鬱病になり、ある日突然来なくなってしまう同僚もいました。
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私自身も会社の方針に疑問を感じ、労働環境の改善を上層部に提案しましたが、全く聞き入れてもらえませんでした。それどころか「部下をもっと厳しく指導しろ」と圧力をかけられる始末でした。私も心身ともに不調をきたしたため、退職を申し出ましたが、やはり引き止められ、なかなか辞めることができませんでした。
最終的に、労働問題に明るい仲間達の力を借りて退職することができました。この経験から「働く人たちがもっと気軽に、安心して退職できる仕組みが必要だ」と痛感しました。このような辛い経験をした自分だからこそ、労働者の立場に立って支援したいと考え、現在は労働基準調査組合の執行委員長として活動しています。
同じように悩み苦しむ方々が孤立せず、労働現場で生じるあらゆる労働問題に真摯に向き合い、実効性ある労働法に則った支援を行ってまいります。









