就業規則を理由に労働組合からの退職連絡を拒否された後、団体交渉を通じて退職手続を進めた事例
- 2025.01.15
- 2025.01.15
| 実行日 | 2025年1月 |
|---|---|
| 組合員 | Sさん |
| 年齢 | 30代 |
| 地域 | 神奈川県 |
| 職種 | 販売職 |
| 雇用形態 | 正社員 |
| トラブル種別 | 代行拒絶 |
1.相談に至るまでの経緯
Sさんは、神奈川県内の会社に販売職の正社員として勤務していました。
Sさんが労働組合を通じて退職の意思を伝えようとしたところ、会社から次のように通告されました。
「就業規則により、退職は本人からの申し出に限る。退職代行からの連絡は受け付けない」
会社は就業規則を理由として、労働組合から伝えられたSさんの退職意思を受け付けない姿勢を示していました。
このままでは退職の意思を会社に取り扱ってもらえない状況であったため、Sさんは当組合へ対応を依頼しました。
2.本件の法的な問題点
(1)就業規則を理由に、労働組合との交渉を一律に拒否できるか
会社の就業規則は、労働組合に法律上認められた団体交渉の権限を一律に排除する根拠にはなりません。
就業規則は会社内部の規程ですが、その内容や運用は法令に反することができません。労働基準法第92条も、就業規則が法令または当該事業場に適用される労働協約に反してはならないと定めています。
したがって、「退職代行からの連絡は受け付けない」という社内ルールが存在していたとしても、連絡を行った主体が労働組合である場合には、労働組合法に基づく団体交渉の申入れとして取り扱う必要があります。
(2)無期雇用の労働者による退職の申入れ
Sさんは、雇用期間の定めがない正社員でした。
民法第627条第1項では、期間の定めのない雇用契約について、労働者はいつでも解約の申入れをすることができ、原則として申入れから2週間が経過することで雇用契約が終了すると定められています。
退職の効力は、必ずしも会社が「承認」することによって初めて発生するものではありません。ただし、具体的な退職日や退職手続については、申入れの内容や会社との協議状況など、個別の事情を確認する必要があります。
(3)労働組合には組合員のために交渉する権限がある
労働組合法第6条は、労働組合の代表者または労働組合から委任を受けた者が、組合員のために使用者と交渉する権限を認めています。
また、日本国憲法第28条は、労働者の団結権、団体交渉権および団体行動権を保障しています。
退職の意思を会社へ通知することに加え、退職日や退職手続など、使用者が対応できる雇用関係上の事項について交渉することは、労働組合の活動範囲に含まれます。
(4)正当な理由のない団体交渉拒否となる可能性
労働組合法第7条第2号は、使用者が正当な理由なく団体交渉を拒否することを禁止しています。
会社が、連絡主体が労働組合であることを認識しながら、「本人からの申出ではない」「外部の団体からの連絡である」といった理由だけで交渉を一律に拒否した場合には、同号との関係で問題となる可能性があります。
ただし、本件では労働委員会などによって不当労働行為が認定されたものではなく、最終的には会社が当組合との交渉に応じています。
3.労働組合による会社への対応
当組合は、労働組合法第6条に基づき、組合員のために会社へ通知および団体交渉の申入れを行いました。
具体的には、次の事項を会社へ伝えました。
● 本件の連絡主体が、組合員から委任を受けた労働組合であることを説明すること
● 労働組合による交渉は、憲法第28条および労働組合法第6条に基づくものであることを説明すること
● 就業規則を理由として、労働組合との交渉を一律に拒否することはできない旨を伝えること
● 正当な理由なく団体交渉を拒否した場合には、労働組合法第7条第2号との関係で問題となる可能性がある旨を説明すること
● Sさんの退職について、当組合との間で必要な協議を行うよう求めること
当組合は、民間業者の退職代行サービスとしてではなく、Sさんが加入する労働組合として、法的根拠を示しながら会社へ対応を求めました。
4.結果および成果
当組合から労働組合法上の交渉権限について説明した結果、会社は当組合の説明に理解を示しました。
その後、会社は当組合との交渉に応じ、Sさんの退職を取り扱うことを受け入れました。最終的に、Sさんの退職を前提として必要な手続を進めることとなりました。
本件で確認できた成果は、会社が就業規則を理由とする当初の拒否姿勢を改め、労働組合との交渉を通じて退職手続を進めることとなった点です。
5.組合としての総括
会社から「退職は本人から申し出なければ認めない」「退職代行からの連絡には対応しない」と言われると、労働者は退職できないのではないかと不安を感じることがあります。
しかし、「退職代行」という名称だけで、すべての連絡を同じように扱うことは適切ではありません。特に、連絡主体が労働組合である場合には、労働組合法に基づく団体交渉の申入れであるかを確認する必要があります。
本件で重要だったのは、会社の就業規則と、法律によって認められた労働組合の交渉権限とを明確に区別したことです。当組合が法的根拠を示して交渉を申し入れたことにより、会社は当組合との協議に応じ、退職手続を進めることとなりました。
退職の意思表示そのものと、退職日や手続などの調整事項も区別する必要があります。無期雇用の労働者には原則として退職を申し入れる権利があり、労働組合は、その意思を会社へ通知したうえで、使用者が処分できる雇用関係上の事項について交渉できます。
当組合は今後も、雇用関係における退職日、退職手続、就業規則の運用等の問題について、使用者に処分可能な事項の範囲内で、労働組合法に基づく団体交渉を通じて組合員の権利を守ってまいります。
6.本件で問題となり得た主な法令・参考判例
労働基準法
第92条(法令および労働協約との関係)
就業規則は、法令または当該事業場に適用される労働協約に反することができません。本件では、就業規則を理由として労働組合の法定の交渉権限を一律に否定できるかが問題となりました。
参考リンク:労働基準法|e-Gov法令検索
民法
第627条(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
期間の定めのない雇用契約では、労働者はいつでも解約を申し入れることができ、原則として申入れから2週間の経過によって雇用契約が終了します。
参考リンク:民法|e-Gov法令検索
日本国憲法
第28条(労働基本権)
労働者の団結権、団体交渉権および団体行動権を保障しています。労働組合法に基づく団体交渉権の憲法上の基礎となる規定です。
参考リンク:日本国憲法|e-Gov法令検索
労働組合法
第6条(交渉権限)
労働組合の代表者または委任を受けた者が、労働組合や組合員のために、使用者と交渉する権限を定めています。
第7条第2号(正当な理由のない団体交渉拒否)
使用者が正当な理由なく団体交渉を拒否することを禁止しています。本件では違反が認定されたものではありませんが、労働組合からの申入れを一律に拒否する対応との関係で問題となり得る規定です。
参考リンク:労働組合法|e-Gov法令検索
参考リンク:不当労働行為救済制度とは|中央労働委員会
参考判例・公表事例
大阪府労委令和2年(不)第42号不当労働行為審査事件
大阪府労働委員会・令和4年5月27日命令
会社が、労働組合を外部団体であるとして交渉当事者と位置付けず、実質的に団体交渉を拒否した対応などについて、労働組合法第7条第2号等に該当すると判断された公表事例です。本件と事実関係は異なりますが、会社外部の労働組合であることだけを理由に交渉を拒否できるかを考える際の参考となります。
参考リンク:大阪府労委令和2年(不)第42号事件|中央労働委員会・命令データベース
※本事例は、個人および会社を特定できないよう、一部を匿名化・一般化しています。
※記載した法令は、会社の具体的な対応によって問題となり得る法令であり、本件において法令違反が確定したことを意味するものではありません。
※法的評価は、雇用契約の内容、会社の対応、証拠その他の個別事情によって異なります。

