社宅退去時の対面立会いを求められた組合員について、立会いなしで退去を完了した事例
- 2024.12.12
- 2024.12.12
| 実行日 | 2024年12月 |
|---|---|
| 組合員 | Hさん |
| 年齢 | 20代 |
| 地域 | 神奈川県 |
| 職種 | 看護師 |
| 雇用形態 | 契約社員 |
| トラブル種別 | 社宅退去時の立会い強要 |
1.相談に至るまでの経緯
Hさんは、退職に伴って会社の社宅を退去する予定でした。
ところが、会社から「退去時の立会いは必須である」と強く求められていました。会社の担当者と直接顔を合わせなければならないことに、Hさんは強い不安を感じていました。
Hさんは、過去に会社からパワーハラスメントを受けたと申告しており、会社関係者との直接の接触に強い恐怖を感じていたためです。
また、Hさんは医師から適応障害およびうつ症状と診断されていました。そのため、退去時の立会いに応じることは、精神的に耐えられない状況でした。
「社宅からは退去しなければならないが、会社の担当者とは顔を合わせたくない」
このような事情から、Hさんは社宅の退去方法について当組合へ相談しました。
2.本件の法的な問題点
(1)退去時に本人が対面で立ち会うことが、一律に法律で義務付けられているわけではありません
社宅や賃貸物件を退去する際には、室内の状態を確認するため、貸主側から立会いを求められることがあります。
しかし、民法は賃借物の返還や原状回復について定めているものの、退去時に必ず本人が会社担当者と対面して立ち会わなければならないとは定めていません。
もっとも、社宅の利用契約や社宅規程に退去手続が定められている場合には、その内容を確認する必要があります。そのうえで、本人の健康状態や個別事情を踏まえ、写真や動画による記録など、対面を伴わない方法で確認できないか協議することが考えられます。
(2)立会いの有無と、室内の状態を記録することは分けて考える必要があります
退去時の立会いを行わない場合でも、室内の状態を記録しておくことは重要です。
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、入居時と退去時の物件状態を確認し、損耗の箇所や程度について写真などの視覚的な記録を活用することが、トラブル防止に有効であると示されています。
同ガイドラインは民間賃貸住宅を想定した一般的な基準であり、社宅へそのまま適用されるとは限りませんが、退去時の記録を残す際の参考になります。
(3)組合員の心身の状態を踏まえた手続方法を検討することが重要です
労働契約法第5条は、使用者に対し、労働者が生命や身体等の安全を確保しながら働けるよう必要な配慮を求めています。
具体的にどのような対応が必要となるかは、診断内容、会社が把握していた事情、手続の内容などによって個別に判断されます。
本件では、Hさんが適応障害およびうつ症状と診断され、会社関係者との直接接触に強い恐怖を感じていることを会社へ説明し、雇用関係に付随する社宅の退去方法について柔軟な対応を協議する必要がありました。
3.労働組合による会社への対応
当組合は、労働組合法第6条に基づき、組合員のために会社へ通知および団体交渉の申入れを行いました。
実際に行った対応は、次のとおりです。
● 退去時に必ず本人が対面で立ち会うことを一律に定めた法令はない旨を会社へ説明すること
● Hさんが医師から適応障害およびうつ症状と診断されていることを説明すること
● 会社関係者との直接接触が、Hさんにとって強い精神的負担となることを伝えること
● Hさん本人による立会いを行わない方法で社宅の退去手続を進めるよう協議すること
また、立会いを行わないことで退去後の室内状況をめぐる認識の相違が生じないよう、Hさんに対し、室内の写真や動画を記録として残すよう助言しました。
4.結果および成果
当組合からHさんの診断内容と、会社関係者との直接接触が困難な事情を説明した結果、会社は立会いを行わない方法で退去手続を進めることを受け入れました。
これにより、Hさんが会社担当者と直接顔を合わせるために、退去時の立会いへ参加する必要はなくなりました。
その後、Hさんは立会いを行わずに社宅からの退去を完了しました。
本件では、社宅の明渡し自体を拒むのではなく、室内状況を記録する方法を示しながら、本人の心身の状態に配慮した退去方法について会社と協議したことが重要なポイントとなりました。
5.組合としての総括
退職に伴って社宅や社員寮を退去する場合、会社から「本人の立会いが必須です」と言われることがあります。
しかし、会社から必須であると説明された手続が、直ちに一律の法的義務となるわけではありません。まずは、社宅の利用契約や会社の規程にどのような定めがあるかを確認し、立会いの目的と代替方法を整理する必要があります。
一方で、立会いを行わない場合にも、室内の状況を確認できるようにしておくことが大切です。写真や動画などの記録を残すことは、退去後の原状回復や修繕範囲をめぐる認識の相違を防ぐための実務的な対応となります。
本件では、Hさんの心身の状態を会社へ具体的に伝え、対面での立会いを行わずに退去できるよう団体交渉を行いました。これにより、Hさんが強い恐怖を感じていた会社関係者との直接接触を避けながら、必要な退去手続を進めることができました。
当組合は今後も、雇用関係に付随する社宅・社員寮の退去方法や、労働者の心身の状態に配慮した手続等の問題について、使用者に処分可能な事項の範囲内で、労働組合法に基づく団体交渉を通じて組合員の権利を守ってまいります。
6.本件で問題となり得た主な法令・参考判例
民法
民法第621条(賃借人の原状回復義務)
賃貸借終了時の原状回復義務について定めています。通常の使用による損耗や経年変化は原則として対象外ですが、契約内容や損傷の原因など、個別の事情を確認する必要があります。
同条は原状回復義務を定めるものであり、退去時に本人が必ず対面で立ち会うことを定めた規定ではありません。
その他の労働関係法令
労働契約法第5条(労働者の安全への配慮)
使用者に対し、労働契約に伴って労働者の生命や身体等の安全を確保するため、必要な配慮を行うことを求めています。必要となる対応の具体的内容は、労働者の健康状態や会社が把握していた事情などによって異なります。
労働組合法
労働組合法第6条(団体交渉権限)
労働組合の代表者または労働組合から委任を受けた者が、組合員のために使用者と団体交渉を行う権限を定めています。
本件では、雇用関係に付随する社宅の退去方法について、会社が対応可能な範囲で協議を行う根拠となりました。
参考判例・公表事例
国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」
退去時の原状回復に関する一般的な考え方や、物件状況の確認、写真等による記録の重要性を示した公表資料です。
民間賃貸住宅を想定したガイドラインであり、社宅については契約や社宅規程を個別に確認する必要があります。
参考:「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」について(国土交通省)
※本事例は、個人および会社を特定できないよう、一部を匿名化・一般化しています。
※記載した法令は、会社の具体的な対応によって問題となり得る法令であり、本件において法令違反が確定したことを意味するものではありません。
※法的評価は、雇用契約の内容、会社の対応、証拠その他の個別事情によって異なります。

