有期雇用を理由に退職を認めない姿勢を示した歯科医院と交渉し、退職手続を確定した事例
- 2025.11.13
- 2025.11.28
| 実行日 | 2025年11月 |
|---|---|
| 組合員 | Oさん |
| 年齢 | 30代 |
| 地域 | 京都府 |
| 職種 | 歯科助手 |
| 雇用形態 | 契約社員 |
| トラブル種別 | パワハラ・退職妨害(弁護士介入による交渉拒否) |
1.相談に至るまでの経緯
Oさんが勤務していた歯科医院では、院長夫妻による日常的なパワハラがあったとして、退職者が相次いでいました。
同医院では、組合員からの紹介を通じて、短期間のうちに3名が当組合へ退職代行を依頼していました。そのうち正社員2名については、大きな支障なく退職が確定していました。
一方、Oさんは期間の定めがある契約社員でした。このため歯科医院側はOさんの退職を強く問題視し、診断書が提出されているにもかかわらず、「やむを得ない事由が本当にあるのか」などと繰り返し確認し、退職を認めない姿勢を示していました。
さらに、歯科医院側は顧問弁護士を窓口とし、当組合による交渉について「違法」「代理資格がない」などと主張しました。その結果、Oさんの退職条件を話し合うのではなく、労働組合が交渉できるかどうかを争う形となり、団体交渉が進まない状況となっていました。
Oさんは、診断書を提出して退職の意思を伝えているにもかかわらず、退職手続が進まない状況を受け、当組合へ対応を依頼しました。
2.本件の法的な問題点
(1)有期雇用でも、やむを得ない事由があれば契約途中の解除が認められる可能性がある
期間の定めがある雇用契約であっても、契約期間中に一切退職できないわけではありません。
民法第628条は、やむを得ない事由がある場合、期間の定めがある雇用契約であっても直ちに契約を解除できると定めています。
診断書は、就労継続が困難であることを判断する際の重要な資料となります。ただし、診断書が提出されたことだけで、当然に民法第628条の要件を満たすと確定するものではありません。診断書の内容や就労継続が困難となった事情などを踏まえ、個別に判断する必要があります。
本件では、Oさんが診断書を提出していたことから、歯科医院側には、その内容を踏まえて退職に関する協議を行うことが求められる状況でした。
(2)労働組合には、組合員の労働条件について会社と交渉する権限がある
労働組合法第6条により、労働組合の代表者は、組合員のために使用者と交渉し、労働協約を締結する権限を有します。
退職日、最終賃金、退職書類、退職に伴う連絡方法などは、組合員と使用者との雇用関係や待遇に関係する事項です。そのため、使用者が処分または対応できる範囲では、団体交渉の対象となり得ます。
使用者が労働組合から団体交渉を申し入れられた場合、正当な理由なく拒否することは、労働組合法第7条第2号の不当労働行為に該当する可能性があります。もっとも、本件について労働委員会などによる認定が行われた事実はないため、不当労働行為が確定したものではありません。
(3)「非弁行為」との主張と団体交渉の対象事項は分けて整理する必要がある
弁護士以外の者が法律事件に関して報酬を得て法律事務を取り扱うことには制限がありますが、労働組合が労働組合法に基づき、組合員の労働条件や待遇について使用者と団体交渉を行うこととは区別して考える必要があります。
本件で当組合が求めたのは、Oさんの退職意思の通知、退職条件、最終賃金、必要書類および連絡方法など、雇用関係に関する事項の協議です。
そのため、歯科医院側から当組合の交渉権限について異議が示されたとしても、それだけで退職条件に関する団体交渉を一律に拒否できると直ちに決まるものではありません。
(4)最終賃金と退職後に必要となる書類は、それぞれ適切に処理する必要がある
労働基準法第24条は、使用者に対して賃金を全額支払うことを原則として求めています。また、退職した労働者から賃金などの支払いを請求された場合には、労働基準法第23条により、原則として請求から7日以内に支払う必要があります。
離職票については、雇用保険の被保険者が離職した場合、事業主が資格喪失届や離職証明書をハローワークへ提出する手続があります。源泉徴収票についても、年の途中で退職した労働者には、原則として退職後1か月以内に交付する必要があります。
3.労働組合による会社への対応
当組合は、労働組合法第6条に基づき、組合員のために会社へ通知および団体交渉の申入れを行いました。
本件では顧問弁護士とも連携し、歯科医院側および同医院の顧問弁護士に対し、次の事項を書面で通知しました。
- 当組合が労働組合法に基づき団体交渉を行う主体であること
- Oさんの退職意思を正式に通知し、有期雇用契約の解除について民法第628条が問題となり得ることを伝えること
- Oさんから診断書が提出されていることを踏まえ、退職条件について協議を求めること
- 退職条件に関する協議が、組合員の労働条件および待遇に関する交渉として行われるものであることを説明すること
- 最終賃金を全額支払い、離職票や源泉徴収票などの必要書類を交付するよう求めること
- Oさんへの直接連絡を控え、今後の雇用関係上の連絡窓口を当組合とするよう申し入れること
4.結果および成果
当組合が書面を通知した後、歯科医院側は従前の主張を撤回しました。
その後、歯科医院側からOさんに対し、最終賃金が全額支払われ、退職に必要な書類も交付されました。
また、Oさんの退職が確定し、退職手続を進めることができました。
本件で確認できた成果は、退職の確定、最終賃金の全額支払いおよび必要書類の交付です。
5.組合としての総括
有期雇用契約で働いている方の中には、「契約期間が終わるまでは、どのような事情があっても退職できないのではないか」と不安を感じる方がいます。
しかし、期間の定めがある雇用契約でも、やむを得ない事由が認められる場合には、民法第628条に基づく契約解除が問題となります。もっとも、やむを得ない事由があるかどうかは、診断書の内容や就労継続が困難となった事情などを踏まえ、個別に判断されます。
本件では、歯科医院側が当組合の交渉権限について異議を述べたため、退職条件そのものの協議が進まない状況となっていました。そこで当組合は、団体交渉の法的根拠と交渉事項を整理し、書面によって退職意思、最終賃金および退職書類に関する対応を求めました。
労働組合が連絡窓口となり、使用者と団体交渉を行うことで、組合員本人が会社やその代理人と直接やり取りすることなく、雇用関係上の問題を整理できる場合があります。
当組合は今後も、有期雇用契約の途中退職、退職条件、最終賃金、退職書類および団体交渉への対応等の問題について、使用者が処分可能な事項の範囲内で、労働組合法に基づく団体交渉を通じて組合員の権利を守ってまいります。
6.本件で問題となり得た主な法令・参考判例
労働基準法
第23条(退職時等の金品の返還)
労働者が退職した場合、権利者から請求があったときは、使用者は原則として7日以内に賃金その他の金品を支払い、または返還しなければなりません。
第24条(賃金の支払)
賃金は、法令上認められた控除などを除き、原則としてその全額を労働者へ支払う必要があります。
民法
第628条(やむを得ない事由による雇用の解除)
期間の定めがある雇用契約でも、やむを得ない事由がある場合には、契約期間の途中で解除できることがあります。該当するかどうかは、具体的な事情に基づいて判断されます。
参考:民法|e-Gov法令検索
その他の労働関係法令
雇用保険法第7条・雇用保険法施行規則第7条
雇用保険の被保険者が離職した場合、事業主には資格喪失に関する届出などの手続が求められます。
所得税法第226条
年の途中で退職した労働者に対する給与所得の源泉徴収票は、原則として退職の日以後1か月以内に交付する必要があります。
労働組合法
第6条(交渉権限)
労働組合の代表者は、組合員のために使用者と交渉し、労働協約を締結する権限を有します。
第7条第2号(団体交渉の拒否)
使用者が、雇用する労働者の代表者との団体交渉を正当な理由なく拒否することは、不当労働行為に該当する可能性があります。
参考判例・公表事例
中央労働委員会「不当労働行為救済制度とは」
- 公表主体:中央労働委員会
- 本件との関係:正当な理由のない団体交渉の拒否や、形式的に交渉へ応じながら誠実に対応しない行為が、労働組合法第7条第2号の問題となり得ることを説明している公表資料です。
- 参考:不当労働行為救済制度とは|中央労働委員会
※本事例は、個人および会社を特定できないよう、一部を匿名化・一般化しています。
※記載した法令は、会社の具体的な対応によって問題となり得る法令であり、本件において法令違反が確定したことを意味するものではありません。
※法的評価は、雇用契約の内容、会社の対応、証拠その他の個別事情によって異なります。

