退職代行ローキ(労働基準調査組合)

業務中の物損事故が未解決でも、事故処理と切り分けて円満退職を実現した事例

  • 2025.05.30
  • 2026.07.19
実行日 2025年5月
組合員 Nさん
年齢 30代
地域 大阪府
職種 施工管理
雇用形態 正社員
トラブル種別 業務中の物損事故、損害負担、退職手続

1.相談に至るまでの経緯


組合員のNさんは、家庭の事情と仕事による精神的な負担から、会社を退職することを決意していました。

しかし、在職中に業務上の物損事故が発生しており、会社と保険会社との間では、事故に関する確認や手続が続いていました。

Nさんは、事故処理が終わっていないことから、次のような不安を抱えていました。
 

「事故処理が終わるまで退職できないのではないか」

「退職後に修理費などを高額請求されるのではないか」

「事故の責任をすべて自分に負わされるのではないか」
 

会社と直接やり取りすること自体も、Nさんにとって大きな精神的負担となっていました。

そこでNさんは、合同労働組合である当組合へ加入し、退職手続と、会社から求められる可能性のある損害負担について相談することになりました。
 

2.本件の法的な問題点

(1)事故処理が終わっていないことと、退職手続は分けて考える必要がある


業務中の事故に関する確認や保険手続が続いていても、その未完了だけを理由として、当然に退職手続を停止できるものではありません。

雇用期間の定めがない労働契約の場合、労働者は民法第627条に基づいて解約を申し入れることができ、原則として申入れから2週間が経過すると雇用契約が終了します。

事故に関する事実確認や損害負担の協議が退職後も続く可能性はありますが、事故処理と退職手続は、それぞれの法的関係を分けて整理することが重要です。
 

(2)業務中の事故でも、労働者の全額負担が直ちに確定するものではない


業務中の物損事故について、労働者に故意または過失があった場合には、民法上の損害賠償責任が問題となることがあります。

ただし、事故が発生したという事実だけで、修理費その他の損害額の全額を労働者が当然に負担することになるわけではありません。

労働者の責任の有無や負担範囲は、故意・過失の程度、事故発生時の状況、会社の業務指示、教育・安全管理体制、保険加入状況、保険による補填額、会社が実際に負担した損害額などを踏まえて、個別に判断する必要があります。

最高裁判例でも、使用者から労働者への損害賠償または求償については、事業の性格や規模、労働者の業務内容、事故の態様、会社による損失分散への配慮などを考慮し、「損害の公平な分担」という観点から、信義則上相当な範囲に制限される場合があると示されています。
 

(3)修理費などを賃金から一方的に差し引くことは問題となる可能性がある


会社が労働者に対して損害賠償請求権を有すると主張している場合でも、修理費や事故負担金などを給与や最終給与から一方的に差し引くことは、労働基準法第24条の賃金全額払の原則との関係で問題となる可能性があります。

また、「事故を起こした場合は一律に全額を負担する」など、実際の損害額や過失の程度を問わず、あらかじめ違約金や損害賠償額を定めていた場合には、労働基準法第16条との関係も問題となります。

中央労働委員会の公表事例でも、修理代金の賃金からの控除と、業務上の損害について労働者が負担する範囲は、分けて検討する必要があることが解説されています。
 

3.労働組合による会社への対応


当組合は、労働組合法第6条に基づき、組合員のために会社へ通知および団体交渉の申入れを行いました。

会社に対して申し入れた主な内容は、次のとおりです。
 

● Nさんの確定した退職意思を正式に通知すること
● 物損事故の処理と退職手続を切り分けて対応すること
● 事故処理の未完了を理由に、退職手続を拒否または延期しないこと
● Nさんに損害負担を求める場合は、金額と具体的な根拠を示すこと
● 修理費、保険の適用状況、免責金額などを明確にすること
● 修理費等を給与から一方的に控除しないこと
● 今後の労働関係上の連絡は、原則として当組合を窓口とすること
 

当組合は、保険会社による保険金の支払判断そのものについて代理交渉を行ったものではありません。

使用者である会社に対し、事故処理の進捗状況、保険の適用状況およびNさんへの請求予定を確認し、雇用関係上の損害負担について交渉しました。

そのうえで、事故処理が終わっていないことを理由に退職手続が止められないよう、会社との調整を進めました。
 

4.結果および成果


当組合からの通知と申入れを受けた会社は、顧問弁護士へ確認したうえで、事故処理と退職手続を切り分けて対応することに同意しました。

会社はNさんの退職通知を受領し、事故処理の完了を待たずに、退職日および必要な退職手続を進めることを確認しました。

事故については、会社と保険会社による手続が引き続き行われることとなりました。その一方で、事故処理の未完了を理由とする退職拒否や引き留めは行われませんでした。

事故に関する損害負担についても、Nさんによる全額負担を退職の条件とはせず、事故の具体的状況や保険手続に基づいて、退職問題とは別に処理されることとなりました。

今後の労働関係上の連絡窓口を当組合としたことで、Nさんは会社と直接やり取りする精神的負担から解放され、退職手続を完了することができました。
 

5.組合としての総括


業務中に事故が発生すると、「事故処理が終わるまでは退職できないのではないか」と不安を感じる方が少なくありません。

しかし、事故に関する事実確認や損害負担の問題と、雇用契約を終了させるための退職手続は、原則として切り分けて考える必要があります。事故処理が続いていることだけで、退職できないと直ちに決まるものではありません。

また、業務中に事故を起こしたからといって、修理費や損害額の全額を労働者が当然に負担するわけではありません。労働者の過失だけでなく、会社の業務指示、教育・安全管理、保険加入状況などを含めて、個別に検討する必要があります。

本件では、事故に関する問題を退職の条件としないよう、当組合が会社へ退職意思を通知し、事故処理と退職手続を切り分けて交渉したことが重要でした。その結果、事故処理を継続しながら、退職手続を進めることが確認されました。

当組合は今後も、雇用関係に起因する事故、弁償、損害負担、給与控除等の問題について、使用者に処分可能な事項の範囲内で、労働組合法に基づく団体交渉を通じて組合員の権利を守ってまいります。
 

6.本件で問題となり得た主な法令・参考判例

労働基準法

第16条(賠償予定の禁止)
労働契約の不履行について、違約金を定めたり、損害賠償額をあらかじめ予定したりすることを禁止しています。事故の具体的な内容や実際の損害額を問わず、一律の負担額を定めていた場合に問題となる可能性があります。

第24条第1項(賃金全額払の原則)
賃金は、法令等で認められた場合を除き、その全額を支払うことが原則です。会社が修理費や事故負担金を賃金から一方的に控除した場合には、同条との関係で問題となる可能性があります。

【法令】労働基準法|e-Gov法令検索

民法

第1条第2項(信義誠実の原則)
権利の行使と義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならないと定めています。使用者から労働者への損害賠償請求の範囲を判断する際にも関係する場合があります。

第415条・第416条(債務不履行による損害賠償とその範囲)
労働者が労働契約上の義務に違反して会社へ損害を与えたと主張された場合に、損害賠償責任の有無や範囲を検討する際に関係する可能性があります。

第627条・第628条(雇用契約の解約)
雇用期間の定めがない場合は第627条、雇用期間の定めがある場合に、やむを得ない事由による契約期間途中の退職が問題となるときは第628条が関係します。本件では契約期間の定めが確認できないため、適用条文の確定には雇用契約書等の確認が必要です。

第709条・第715条(不法行為および使用者責任)
業務中の事故によって会社または第三者に損害が生じた場合の責任や、使用者と労働者との間における損害の分担を検討する際に関係する可能性があります。

【法令】民法|e-Gov法令検索

労働組合法

第6条(労働組合の代表者等による交渉権限)
労働組合の代表者等が、組合員のために使用者と交渉する権限を定めています。本件で当組合が退職手続や雇用関係上の損害負担について通知・交渉を行った主な法的根拠です。

【法令】労働組合法|e-Gov法令検索

参考判例・公表事例

茨城石炭商事事件
最高裁判所第一小法廷・昭和51年7月8日判決

使用者から労働者への損害賠償または求償について、事業の性格、規模、労働者の業務内容、事故の態様、使用者による事故防止や損失分散への配慮などを踏まえ、「損害の公平な分担」という観点から、信義則上相当な範囲に制限される場合があると示した判例です。

【公式資料】最高裁判所判決全文(PDF)

中央労働委員会「修理代金の給与からの天引きと退職後に加入した合同労組との団交応諾義務」

労働委員会が実際に取り扱った事件を参考に、中央労働委員会が作成した解説事例です。業務中の損害に関する労働者の負担、修理代金の賃金からの控除、退職後に残る労働関係上の清算問題について、合同労組との団体交渉が問題となる場面を解説しています。

【公式資料】中央労働委員会「修理代金の給与からの天引きと退職後に加入した合同労組との団交応諾義務」(PDF)

【公式資料一覧】中央労働委員会「労働紛争の調整事例と解説」

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