貸与携帯電話の軽微な擦り傷で全額弁償を求められた事案で、請求撤回と未払い給与の全額支払いを確認した事例
- 2024.12.19
- 2024.12.19
| 実行日 | 2024年11月 |
|---|---|
| 組合員 | Nさん |
| 年齢 | 20代 |
| 地域 | 神奈川 |
| 職種 | 営業職 |
| 雇用形態 | 正社員 |
| トラブル種別 | 損害賠償 |
1.相談に至るまでの経緯
営業職として勤務していたNさんは、退職時に、会社から貸与されていた携帯電話について全額弁償を求められました。
携帯電話の状態を確認したところ、実際の破損は軽微な擦り傷程度でした。
また、Nさんの申告および当組合が確認できた資料の範囲では、故意または重過失をうかがわせる具体的な事情は確認できませんでした。
会社から貸与された物を破損した場合であっても、労働者が当然にその損害の全額を負担するとは限りません。破損の程度、発生した経緯、労働者の過失の内容、会社側の管理状況などを踏まえ、個別に判断する必要があります。
Nさんは、退職時に求められた金銭負担について対応を検討するため、当組合へ相談しました。
2.本件の法的な問題点
(1)貸与品の破損だけで全額負担が確定するわけではない
会社の貸与品を破損したとしても、労働者が常に修理費や交換費用の全額を負担するとは限りません。
会社が労働者に損害賠償を求める場合は、実際に生じた損害の内容や金額だけでなく、破損に至った経緯、労働者の故意・過失の程度、業務の内容、会社による損失防止策などを踏まえて判断する必要があります。
本件では、携帯電話に生じていたのは軽微な擦り傷程度でした。
Nさんの申告および確認できた資料の範囲では、故意または重過失をうかがわせる具体的な事情が確認できなかったため、会社に対し、全額弁償を求める根拠、損害額の内訳および破損状況との関係を説明するよう求める必要がありました。
(2)損害賠償請求と給与の支払いは分けて考える必要がある
会社が労働者に対して損害賠償請求権を有すると主張している場合でも、そのことだけを理由として、賃金から一方的に差し引くことが認められるとは限りません。
労働基準法第24条は、賃金を原則として全額支払うことを使用者に求めています。厚生労働省も、労働者が仕事中に会社へ損害を与えた場合であっても、使用者が損害賠償額を賃金から一方的に相殺することは、同条との関係で問題となる旨を案内しています。
本件では、最終的に未払いとなっていた給与が全額支払われました。
(3)無期雇用契約における退職の申入れ
Nさんは、雇用期間の定めのない正社員として勤務していました。
無期雇用契約における労働者からの解約申入れについては、民法第627条が基本となります。もっとも、具体的な退職日の判断には、申入れの時期、賃金の定め方、会社との合意その他の個別事情を確認する必要があります。
3.労働組合による会社への対応
当組合は、労働組合法第6条に基づき、組合員のために会社へ通知および団体交渉の申入れを行いました。
本件では、次の対応を行いました。
● Nさんの申告および提出資料の範囲では、故意または重過失をうかがわせる具体的な事情が確認できないとの組合員側の認識を整理すること
● 顧問弁護士と、団体交渉の範囲および法的手続へ移行した場合の対応方針を確認すること
● 会社に対し、全額弁償を求める根拠、損害額の内訳および破損状態との関係について説明するよう求めること
● 貸与品の損害負担を、退職に伴う雇用関係上の清算事項として交渉すること
労働組合は、組合員と会社との労働関係に関する事項について、会社と団体交渉を行う権限を有します。本件における貸与品の損害負担も、退職時の労働関係上の清算問題として対応しました。
4.結果および成果
当組合からの通知後、会社は、Nさんに対する貸与携帯電話の弁償請求をすべて撤回しました。
また、未払いとなっていた給与についても全額が支払われました。
その後、Nさんは退職することができ、貸与品の損害負担と給与の問題を残すことなく、退職手続を完了しました。
本件では、破損の程度、発生経緯およびNさんの認識を整理し、会社に対して全額弁償の根拠と損害額の説明を求めたことが、会社による請求方針の見直しにつながりました。
5.組合としての総括
退職時に会社から「貸与品を破損したため、全額を弁償してほしい」と言われると、請求された金額をそのまま支払わなければ退職できないのではないかと不安を感じる方も少なくありません。
しかし、会社から請求を受けたというだけで、労働者の全額負担が直ちに確定するものではありません。損害の有無や金額だけでなく、破損の経緯、労働者の過失の程度、業務上通常想定される危険、会社側の管理体制などを確認する必要があります。
本件では、実際の破損が軽微な擦り傷程度であり、Nさんの申告および確認できた資料の範囲では、故意または重過失をうかがわせる具体的な事情が確認できなかった点が重要でした。
当組合は、顧問弁護士と団体交渉の範囲および法的手続へ移行した場合の対応方針を確認したうえで、会社に対し、全額弁償を求める根拠、損害額の内訳および破損状態との関係を説明するよう求め、雇用関係上の損害負担として交渉しました。
貸与品の弁償問題と未払い給与が同時に生じている場合も、両者を切り分けて確認することが重要です。会社が損害賠償を主張していても、直ちに給与から控除できるとは限りません。
当組合は今後も、雇用関係に伴う貸与品の損害負担、給与の支払いおよび退職手続等の問題について、使用者に処分可能な事項の範囲内で、労働組合法に基づく団体交渉を通じて組合員の権利を守ってまいります。
当組合は、Nさんの法的責任の有無または会社が請求できる損害額を確定したものではなく、訴訟、示談、和解その他の法律事務を代理したものでもありません。
会社が雇用関係に関連して行った貸与品の弁償請求について、使用者に処分可能な清算事項として、根拠の説明と請求方針の再検討を団体交渉で求めました。
6.本件で問題となり得た主な法令・参考判例
労働基準法
第24条(賃金の支払い)
賃金は、原則として、その全額を労働者へ支払わなければなりません。会社が労働者に損害賠償を請求している場合でも、損害額を賃金から一方的に控除することは、同条との関係で問題となる可能性があります。
参考リンク:
労働基準法|e-Gov法令検索
賃金の額や支払方法などは、労基法等で規制がありますか|厚生労働省
民法
第1条第2項(信義誠実の原則)
権利の行使および義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならないと定められています。労働者への損害賠償請求についても、損害の公平な分担という観点から、請求できる範囲が個別に判断されることがあります。
第415条(債務不履行による損害賠償)
労働者が契約上の義務に反したとして会社が損害賠償を求める場合に問題となり得る規定です。請求が認められるかは、義務違反の有無、帰責事由、因果関係、実際の損害額などを踏まえて判断されます。
第627条(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
雇用期間の定めがない契約における、労働者からの解約申入れに関する基本的な規定です。具体的な退職日の判断は、契約内容や申入れの時期等によって異なります。
第709条(不法行為による損害賠償)
故意または過失によって他人の権利や利益を侵害し、損害を生じさせた場合の賠償責任を定めています。会社が貸与品の破損について同条に基づく請求を主張する場合も、故意・過失、損害および因果関係を個別に確認する必要があります。
参考リンク:
民法|e-Gov法令検索
労働組合法
第6条(労働組合の交渉権限)
労働組合は、組合員のために、使用者と労働条件その他の労働関係上の問題について交渉する権限を有します。本件では、退職時の貸与品に関する損害負担について、会社への通知および団体交渉を行う根拠となりました。
参考リンク:
労働組合法|e-Gov法令検索
参考判例・公表事例
茨城石炭商事事件
- 裁判所名および判決日
最高裁判所第一小法廷・1976年7月8日判決 - 本件との関係
使用者が労働者に業務上の損害を請求できる範囲について、事業の性格、労働者の勤務態度、加害行為の態様、使用者による損失防止策などの事情を考慮し、損害の公平な分担という観点から信義則上相当な範囲に制限され得ることを示した判例です。本件とは対象物や具体的事情が異なるため、同じ結論が当然に適用されるものではありません。 - 公式資料への参考リンク
茨城石炭商事事件・最高裁判決|裁判所
※本事例は、個人および会社を特定できないよう、一部を匿名化・一般化しています。
※記載した法令は、会社の具体的な対応によって問題となり得る法令であり、本件において法令違反が確定したことを意味するものではありません。
※法的評価は、雇用契約の内容、会社の対応、証拠その他の個別事情によって異なります。

