二種免許取得費用の一括返済を求められた事案で、3回の分割返済と即日退職が実現した事例
- 2025.05.05
- 2025.05.05
| 実行日 | 2025年5月 |
|---|---|
| 組合員 | Fさん |
| 年齢 | 40代 |
| 地域 | 大阪府 |
| 職種 | タクシードライバー |
| 雇用形態 | 正社員 |
| トラブル種別 | 資格取得制度に伴う貸付金の返済条件および退職手続 |
1.相談に至るまでの経緯
Fさんは、正社員のタクシードライバーとして勤務していました。
会社の制度を利用して二種免許を取得しており、その取得費用は、会社からの「貸付金」として扱われていました。
Fさんが会社に退職を申し出たところ、会社から貸付金の残額を一括で返済するよう求められました。しかし、Fさんにとって、一括での返済は経済的な負担が大きいものでした。
そのため、Fさんは「借入金をすべて返済しなければ退職できないのではないか」と退職をためらい、当組合へ相談しました。
2.本件の法的な問題点
(1)会社への借入金と退職手続は分けて考える必要がある
会社に対する借入金が残っていることと、労働者が退職することは、原則として別の問題です。
Fさんは、期間の定めのない雇用契約で勤務していました。民法第627条では、期間の定めのない雇用について、労働者から解約を申し入れた場合、原則として申入れから2週間を経過することで雇用契約が終了すると定められています。
したがって、借入金の残額があるという事情だけで、退職の意思表示そのものが当然に無効になるわけではありません。
もっとも、民法第627条だけで即日退職が当然に認められるわけではありません。本件では、当組合が会社と交渉した結果、即日での退職が実現しました。
(2)資格取得費用の返済義務は契約内容によって判断が異なる
会社が負担した資格取得費用について、労働者に返済義務があるかどうかは、貸付契約の内容や制度の実態を確認して判断する必要があります。
実質的にも会社から労働者に金銭を貸し付けた契約であれば、退職後も返済義務が残る可能性があります。
一方、退職したことだけを理由に一定額を支払わせる仕組みであり、実質的に違約金や損害賠償額をあらかじめ定めたものと評価される場合には、労働基準法第16条との関係で問題となる可能性があります。
本件では、二種免許取得費用が「貸付金」として扱われていたことは確認できていますが、貸付契約の具体的な条件までは原文に記載されていません。そのため、一般的な返済義務の有無や範囲について一律に判断することはできません。
(3)給与との相殺には労働者の自由な意思が必要となる
労働基準法第24条は、賃金を原則として全額支払うことを使用者に求めています。
会社が労働者に対して貸付金債権を持っている場合でも、会社の判断だけで給与から一方的に差し引くことは、同条との関係で問題となります。
一方、労働者の自由な意思に基づく合意があり、その意思に基づくと認められる合理的な理由が客観的に存在する場合には、給与との相殺が認められることがあります。
本件における給与相殺は、Fさん本人の自由な意思に基づく合意によって行われたものです。
当組合がFさんに代わって給与相殺に同意したものではありません。当組合は、Fさん本人の意向と経済状況を踏まえ、本人が相殺の可否を判断することを前提として、分割返済および給与相殺を含む返済条件について会社と協議しました。
(4)雇用関係と密接に関連する返済条件は、具体的事情により団体交渉の対象となり得る
団体交渉の対象となるのは、組合員の労働条件その他の待遇または団体的労使関係の運営に関する事項であり、かつ、使用者に処分可能な事項です。本件の貸付金は、会社の資格取得制度を利用して二種免許を取得した際の費用として取り扱われ、Fさんが退職を申し出た際に、会社から残額の一括返済を求められたものでした。
このように、貸付けが会社の雇用関係上の制度に基づき、退職手続と密接に関連し、かつ、会社が返済期限、返済回数その他の返済条件を決定または変更できる場合には、その返済方法は、具体的事情に応じて団体交渉の対象となり得ます。
一方、雇用関係とは無関係な純粋な私的貸借や、使用者に処分権限のない事項まで、当然に団体交渉の対象となるものではありません。
本件では、当組合がFさんの退職意思を会社へ伝えるとともに、退職に伴って求められた一括返済について、Fさん本人の意向を踏まえた返済方法を会社と協議しました。
3.労働組合による会社への対応
当組合は、Fさんの退職手続および会社の資格取得制度に伴う貸付金の返済条件について、労働組合法第6条に基づき、会社に団体交渉を申し入れました。
本件で返済条件を交渉事項としたのは、貸付金が会社の資格取得制度に基づくものであり、退職時の一括返済要求と退職手続が密接に関連していたためです。雇用関係とは無関係な私的債務全般を団体交渉の対象としたものではありません。
当組合が会社に対して行った対応は、次のとおりです。
● 貸付金の返済問題と退職手続は原則として別の問題であり、貸付金の存在だけを理由に退職を妨げるべきではないことを説明すること
● 退職時の一括返済要求について、Fさんの経済状況を踏まえ、分割返済とするよう申し入れること
● Fさん本人が自由な意思に基づいて個別に同意することを前提として、給与相殺を含む返済方法を協議すること
● 返済回数を3回とするよう申し入れること
当組合は、貸付金の返済義務の有無や金額を法的に確定したものではなく、また、Fさんに代わって給与相殺または返済条件に同意したものでもありません。
最終的な返済条件および給与相殺への同意は、Fさん本人が自由な意思に基づいて行いました。当組合は、Fさんの意向を会社に伝え、退職手続と返済条件を整理して協議しました。
4.結果および成果
交渉の結果、Fさん本人が返済条件を確認し、自由な意思に基づいて同意したうえで、会社との間で、給与相殺と分割返済を組み合わせ、貸付金を3回に分けて支払う合意が成立しました。
当組合がFさんに代わって給与相殺や返済条件に同意し、私法上の合意を締結したものではありません。
これにより、Fさんは貸付金の残額を一括で返済する必要がなくなり、返済による経済的負担を分散できることとなりました。
また、貸付金の返済が完了するまで勤務を継続するよう求められることもなく、会社との合意により、Fさんは即日で退職することができました。
本件は、貸付金そのものが免除された事案ではありません。貸付金については、Fさん本人と会社との間で確認された条件に従い、3回に分けて返済することとなりました。
退職手続と資格取得制度に伴う貸付金の返済問題を切り分け、即日退職について会社との合意が成立するとともに、Fさん本人の自由意思に基づく返済条件が定められたことが、本件で確認できた成果です。
5.組合としての総括
会社から資格取得費用などを借りている労働者は、「借金をすべて返すまでは辞められないのではないか」と不安を感じることがあります。
しかし、会社への借入金が残っていることと、雇用契約を終了させることは、原則として分けて考える必要があります。正当な貸付金であれば退職後も返済義務が残る可能性はありますが、借入金があることだけで退職の自由が当然に失われるわけではありません。
また、貸付金を給与と相殺する場合には、会社が一方的に差し引くのではなく、労働者本人の自由な意思に基づく合意が重要となります。本件では、Fさんの意思を確認したうえで、給与相殺を含む現実的な返済条件について交渉しました。
本件で重要だったのは、当組合が貸付金の返済義務の有無を法的に確定したのではなく、会社の資格取得制度に伴う貸付金について、退職時の一括返済要求と退職手続を切り分け、Fさん本人の意向を踏まえた返済方法を会社と協議した点です。
一括返済要求と退職手続が事実上結び付けられたままでは、Fさんは退職を決断することが困難な状況にありました。
当組合が団体交渉の窓口となり、即日退職について会社と協議するとともに、雇用関係上の資格取得制度に伴う貸付金について、Fさん本人が現実的に履行できる返済条件を整理したことで、3回の分割返済と即日退職が実現しました。
当組合は今後も、会社の資格取得制度に伴う貸付金、退職時の清算、賃金からの控除、退職日の調整など、使用者に処分可能で、雇用関係と密接に関連する事項について、労働組合法に基づく団体交渉を通じて組合員を支援します。
なお、このことは、雇用関係とは無関係な純粋な私的貸借や、一般の債務問題まで、当然に団体交渉の対象となることを意味するものではありません。
6.本件で問題となり得た主な法令・参考判例
労働基準法
第16条(賠償予定の禁止)
労働契約の不履行について、違約金を定めたり、損害賠償額をあらかじめ予定したりする契約を禁止する規定です。
資格取得費用の返済制度が実質的な貸付けなのか、退職に対する違約金として機能しているのかは、契約内容や運用実態を踏まえて判断する必要があります。
第17条(前借金相殺の禁止)
使用者が、労働することを条件として貸し付けた債権と賃金を相殺することを禁止する規定です。
すべての社内貸付けに適用されるものではなく、貸付けが労働者の身分的拘束を伴うものかなど、個別の事情によって判断されます。
第24条(賃金支払いの原則)
賃金を通貨で、直接、全額支払うことなどを定めています。
会社が貸付金を給与から一方的に相殺することは原則として認められません。一方、労働者の自由な意思に基づく合意がある場合には、その合意に基づく相殺が認められることがあります。
参考リンク:労働基準法|e-Gov法令検索
参考リンク:貸付金を賃金と相殺することは可能でしょうか|厚生労働省
民法
第627条(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
期間の定めのない雇用契約については、労働者が解約を申し入れた後、原則として2週間を経過することで雇用契約が終了すると定めています。
即日退職については、この規定だけで当然に成立するものではなく、会社との合意や個別の事情を踏まえて判断する必要があります。
参考リンク:民法|e-Gov法令検索
労働組合法
本件では、Fさんの退職意思の通知および退職手続に加え、会社の資格取得制度に基づく貸付金について、退職時に一括返済を求められていたことから、その返済方法が退職手続と密接に関連する事項として問題となりました。
また、返済期限、返済回数その他の返済条件は会社に処分可能な事項であったため、本件の具体的事情を踏まえ、労働組合法第6条に基づく団体交渉の中で協議しました。
これは、雇用関係とは無関係な私的貸借や一般の債務問題が、すべて同条に基づく団体交渉の対象となることを意味するものではありません。
給与相殺については、Fさん本人の自由な意思に基づく同意を前提としており、当組合がFさんに代わって相殺に同意したものではありません。
参考判例・公表事例
日新製鋼事件
- 裁判所名および判決日
最高裁判所第二小法廷・平成2年11月26日判決 - 本件との関係
会社への借入金を退職金等と相殺する合意について、労働者の自由な意思に基づく同意であると認める合理的な理由が客観的に存在する場合には、労働基準法第24条に反しないと判断された事例です。 - 公式資料への参考リンク
賃金と他の債権の相殺|厚生労働省「確かめよう労働条件」
※本事例は、個人および会社を特定できないよう、一部を匿名化・一般化しています。
※記載した法令は、会社の具体的な対応によって問題となり得る法令であり、本件において法令違反が確定したことを意味するものではありません。
※法的評価は、雇用契約の内容、会社の対応、証拠その他の個別事情によって異なります。

