業務中の社用車事故で40万円の弁償を求められたケースで、退職後の追加負担を求めないとの回答を得た事例
- 2024.12.24
- 2024.12.24
| 実行日 | 2024年12月 |
|---|---|
| 組合員 | Tさん |
| 年齢 | 40代 |
| 地域 | 岐阜県 |
| 職種 | 配送業 |
| 雇用形態 | 正社員 |
| トラブル種別 | 損害賠償請求 |
1.相談に至るまでの経緯
Tさんは、配送業に正社員として勤務していました。
勤務中に社用車による事故が発生し、会社から修理費として40万円を請求されていました。さらに、毎月5万円ずつ、給与から弁償金として天引きされていたとのことです。
その後、Tさんが退職することになったところ、会社から残る弁償金について一括返済を求められました。
「業務中の事故であっても、修理費の全額を負担しなければならないのか」「退職する際に一括で支払わなければならないのか」という問題を抱え、Tさんは当組合へ相談しました。
2.本件の法的な問題点
(1)業務中の事故でも、労働者の全額負担が当然に決まるわけではない
労働者の過失によって会社に損害が発生した場合でも、労働者が常に損害の全額を負担するとは限りません。
労働者の責任の有無や範囲は、事故の状況、過失の程度、業務内容、労働条件、会社が講じていた事故防止策、保険加入などによる損失分散の状況を踏まえ、個別に判断する必要があります。
最高裁判例でも、業務中に発生した損害について会社が労働者へ請求できる範囲は、会社と労働者との間における損害の公平な分担という観点から、信義則上相当な範囲に制限される場合があると示されています。したがって、事故が発生したという事実だけで、修理費全額について労働者の負担が確定するものではありません。
(2)弁償金を給与から控除するには、適切な根拠が必要となる
労働基準法第24条は、使用者に対し、原則として賃金の全額を労働者へ支払うことを求めています。
そのため、会社が修理費や損害賠償金を一方的に給与から控除することは、同条との関係で問題となる可能性があります。
本件では、毎月5万円が給与から控除されていました。
Tさんは、控除について自由な意思に基づいて同意したものではなく、会社との関係上、応じざるを得ない状況であったとの認識を示していました。
ただし、控除に至った具体的な経緯、労使協定の有無および同意の内容が元記録からすべて確認できるわけではないため、本記事では給与控除の適法性までは確定しません。
(3)退職と損害負担の問題は分けて検討する必要がある
労働者が退職することだけを理由として、会社が主張する弁償金の全額や一括返済義務が当然に確定するものではありません。
会社が労働者に損害の負担を求める場合には、損害額、請求の根拠、事故の具体的状況、労働者の過失の程度、これまでの支払状況などを整理する必要があります。
退職手続と損害負担の問題を切り分け、会社が求める金額や支払方法について個別に確認・交渉することが重要です。
3.労働組合による会社への対応
当組合は、労働組合法第6条に基づき、組合員のために会社へ団体交渉を行いました。同条では、労働組合の代表者または労働組合から委任を受けた者が、組合員のために使用者と交渉する権限を認めています。
本件では、顧問弁護士の助言を受けながら、会社に対して次の事項を伝え、損害負担について交渉しました。
● 本件が業務中に発生した社用車事故であることを踏まえ、会社が加入している保険による処理を検討すべきであること
● 業務中の事故による損害について、労働者に当然に全額を負担させられるものではなく、過去の裁判例でも請求可能な範囲が制限される場合があること
● Tさんがこれまで毎月5万円ずつ支払ってきた経緯を考慮すること
● 退職後については、Tさんに追加の弁済を求めない取扱いとすること
会社に対する交渉は、Tさんと会社との雇用関係から生じた損害負担および退職後の清算問題として行いました。
4.結果および成果
団体交渉の結果、会社は、これまでにTさんから受領した金額をもって処理を終了し、退職後は追加の支払いを求めないと回答しました。
Tさん本人は会社の回答内容を確認し、退職後に追加請求が行われないことを了承しました。
当組合がTさんに代わって示談、和解または債務免除契約を締結したものではありません。
これにより、会社から求められていた退職時の一括返済は行わず、退職後についても追加の弁済を求めないことが確認されました。
本件では、会社が当初請求していた40万円の全額について法的責任がないと確定したものではありません。
一方で、これまでの支払状況や業務中の事故であることなどを踏まえて会社と交渉した結果、会社が既払い分で処理を終了し、退職後の追加負担を求めないとの回答を得ることができました。
5.組合としての総括
業務中に車両や設備を破損してしまった場合、「会社から請求された金額はすべて支払わなければならない」と考え、不安を抱える労働者は少なくありません。
しかし、業務中の事故について労働者がどこまで責任を負うかは、事故が発生したという事実だけでは決まりません。事故の原因や過失の程度に加え、会社による指導・管理の状況、保険加入などの損失分散措置、労働者の勤務状況その他の事情を踏まえて判断する必要があります。
また、会社に損害賠償請求権があると主張されている場合であっても、その金額を会社が当然に給与から控除できるわけではありません。控除の根拠や労働者の同意の有無についても、別途確認する必要があります。
本件では、Tさんがすでに毎月5万円ずつ支払っていた事情を踏まえ、退職後に追加の負担を求めるかどうかについて会社と団体交渉を行ったことが重要な点でした。
当組合は今後も、業務中の事故に伴う損害負担、給与控除、退職時の一括請求その他の雇用関係上の清算問題について、使用者に処分可能な事項の範囲内で、労働組合法に基づく団体交渉を通じて組合員の権利を守ってまいります。
当組合は、Tさんの損害賠償責任の有無、責任の範囲または給与控除の適法性を確定したものではありません。
本件では、業務中の事故に伴う損害負担および退職後の清算方法について、会社に処分可能な雇用関係上の事項として団体交渉を行いました。
6.本件で問題となり得た主な法令・参考判例
労働基準法
第24条(賃金の支払)
賃金は、原則として、その全額を労働者へ支払わなければなりません。損害賠償金などを給与から控除する場合には、労使協定や労働者の自由意思に基づく合意の有無などが問題となります。
民法
第1条第2項(信義誠実の原則)
権利の行使および義務の履行は、信義に従い、誠実に行わなければならないと定めています。会社が労働者へ求める損害負担の範囲を判断する際にも、この信義則が問題となる場合があります。
第415条(債務不履行による損害賠償)
会社が、労働者の雇用契約上の義務違反によって損害が発生したと主張する場合に関係し得る規定です。ただし、請求が認められるか、また認められる金額については、事故の状況や過失の程度などを踏まえて個別に判断されます。
労働組合法
第6条(交渉権限)
労働組合の代表者または労働組合から委任を受けた者が、労働組合または組合員のために使用者と交渉する権限を定めています。
本件では、この規定に基づき、会社がTさんへ求める損害負担および退職後の清算方法について団体交渉を行いました。
参考判例・公表事例
茨城石炭商事事件
最高裁判所第一小法廷・1976年7月8日判決
業務中の自動車事故について、会社が労働者へ損害賠償または求償を求めることができる範囲は、事業の性格、業務内容、労働条件、事故の態様、会社による損失分散への配慮などを踏まえ、損害の公平な分担という見地から判断すべきであると示した判例です。
本件と具体的な事故状況は同一ではありませんが、業務上の事故による損害を労働者へ当然に全額負担させられるものではないことを検討する上で参考となります。
※本事例は、個人および会社を特定できないよう、一部を匿名化・一般化しています。
※記載した法令は、会社の具体的な対応によって問題となり得る法令であり、本件において法令違反が確定したことを意味するものではありません。
※法的評価は、雇用契約の内容、会社の対応、証拠その他の個別事情によって異なります。

